それからほどなくして警察が駆けつけた。

平穏なカフェに鳴り響いた突然の銃声は、悲運にも選ばれた一人の尊い犠牲と、犯人の無責任な死を残していった。

「菜月」

想次郎は放心状態の菜月の身体を何度も優しく揺らした。

「想兄……わたし」

目は一点を見つめていて身体がカタカタと力なく揺れる。

視線の先ではもうそこには居ないピエロの目がいつまでも自分を見つめている様な気がした。

そんな二人の元にスーツに身を包んだ男性が現れる。

「失礼。

私は警視庁捜査一課の波田と申します。この度の事件について幾つかお聞きしたいことがあります。ご同行願えますか?」

波田は身長が高く、細身ではあるが肩幅も広い、見るからに鍛え上げられた体躯をしている。

反して物腰は柔らかく紳士的である。

「……えっと」

想次郎は腕の中で震える菜月を見つめる。

そしてすぐに答えた。

「事件の参考人としての事情聴取は任意同行で、日程や場所の指定もお願いできましたよね?

妹は事件のショックで気が動転しています。別日に改めてお願いできますか?」

「……承知しました」

波田は妹を思って話す想次郎の姿の中に一点の曇りを感じ取っていた。

「そうですね。では後日お願いします。

日程や場所に関してはこちらから改めて連絡いたしますのでその時にご返答ください」

波田はそう言って近くにいた刑事に合図を送ると店内を見て回った。

想次郎は若い刑事に連絡先を教えて、菜月をゆっくり立ち上がらせると肩を貸して店を出ていった。

この日の事件は全国で『殺人ピエロ』として取り上げられてニュースを席巻した。

しかしこのニュースは3日とせずにニュースで見なくなるのだった。



「おい安岡」

波田は新米刑事を呼び出す。

「どうしました波田さん。随分難しい顔をされていますね」

現場には証言者がおり、犯人は死亡しているが確定。

凶器は押収されて、事件は幕を閉じたように見えた。

「ただの勘だが……もしかしたら忙しくなるかもな」

「……え、それってどういう?」

波田はこの時、事情聴取の規定について事前に知っていた想次郎の様子が頭から離れずにいた。

「だから勘だよ。

だが、あの兄妹の聴取の時にはあのイケメンあんちゃんの様子に気を配れ」

「はぁ」

殺人を目の当たりにして想次郎は落ち着きすぎていた。

店内にいた人間は皆パニックに陥り、ショックから泣き出すもの、恐怖で声が震える者、勇ましく振る舞う者いろいろだった。

その中でただ一人平然と事情聴取について問うた想次郎は異質だった。

「さてと、まずは報告だな」

そう言って波田は店を後にした。

安岡もそれに付いていく。


この三日後、殺人ピエロの模倣犯と見られる事件が山口県で起こるのを皮切りに、全国各地に殺人ピエロが現れた。

一連の事件は関係性が薄く、終息も早かったが一週間の内に全国で12件死者は全ての事件の犯人を含めて26人に及んだ。