菜月には全てがスローモーションに見えていた。

懐から取り出される拳銃。

引き金に手をかける寸前の気味の悪い笑顔が筋肉の動きによって形作られていく様子も。

引き金を引く人差し指の屈折する動き。

銃声、頭部から吹き出す血飛沫、肉塊が床に弾み、沈む。

想次郎がかけつけるが、目の前の殺人犯はまだ拳銃を手にしている。

もしも想次郎が撃たれたらと考えるだけで涙が溢れ、逃げて欲しいと心の中で叫んだ。

叫びは届かず想次郎はどんどん近づいてくる。

殺人犯は立ち尽くし動かないが、いつその引き金が再び引かれてもおかしくはない状況。

立ち尽くすピエロ。

想次郎の右腕が振り上げられて、ピエロの顔面が拳で歪む。

弾けとんだピエロの身体、床を転がる拳銃がくるくると回りながら壁にぶつかる。

想次郎の腕が体を包んでも身体は凍るように冷えきっていた。

それが動くのを見て「逃げて」と呟いたが想次郎には聞こえていなかった。

赤い髪が揺れてピエロがゆっくりと立ち上がる。

店内は悲鳴で満たされ、殺人犯を取り押さえる勇気のある者、いや無謀な行いをする者は出てこなかった。

ピエロはふらふらと歩いて壁際で止まった拳銃を拾い上げる。

「逃げて」

願いは虚しく想次郎は菜月を置いて逃げることなどなかった。

次に引き金が引かれた時、血に染まりながら床に転がるのは誰なのか?

自分なのか、赤の他人か、最愛の兄か。

命の重さなどと軽々しい事を口にしたりはしないが、菜月は恐怖に震える中でもただ一人想次郎がその凶弾に倒れることがない様にと願っていた。

そして二度目の銃声が鳴り響き。

床に肉塊が落ちる音が耳の奥でこだました。

倒れたピエロは満足げに笑いながら菜月を見つめ、瞳孔が開く瞬間を、人の命が終わる瞬間を中学生の女の子に消えない傷として残して息絶えたのだった。