それから学校の話、明美とアイスを食べに行った話、叔母の話をパフェを食べながら話した。
カフェの落ち着いた雰囲気も相まって時間はゆっくりと流れる。
「……おっと、上司から電話だ。ゴメンな」
「うん」
そう言って想次郎は席を立つ。
小走りで店から出ていった。
残された菜月はパフェのグラスの底に沈んだ苺ソースの絡んだフレークをスプーンできれいに集めている。
「なんか想兄の様子変?」
集めたフレークを一気に頬張ると、濃い苺の味が広がった。
五分がたっても想次郎は戻ってこない。
時間は夜の9時に近づき、新規の客はめっきり減って、洒落た夕飯を楽しんだカップルがゆったりと時間を過ごしている。
「想兄まだかなぁ……
トイレ行こう」
菜月がトイレに向かう。
キッチンの横を通り、狭い通路の先にトイレは見えていた。
するとトイレの扉がゆっくりと開く。
「……え?」
そこから出てきたのは白塗りをして、赤い丸鼻を付けるピエロだった。
髪の毛は真っ赤でボサボサ、目元の化矮も血のように紅く、薄暗い照明の下で瞳が怪しく光っていた。
「な、なに?」
菜月は思わず立ち止まる。
不気味な影がどんどん近づいてくる。
菜月は全身から血の気が引いていくのを感じた。
退こうにも身体は言うことをきかず立ち尽くす。
「……い、いやっ」
ピエロは広角を鋭く上げながら菜月に触れるほどの距離で立ち止まった。
目の前で止まったピエロの表情が脳裏に焼き付く。
ピエロは恐怖に震える菜月を横目に、左手の人差し指を立てて、小さな声で呟く。
「これよりピエロの大抽選会。
運良く選ばれた方にはとーっても豪華なプレゼント。さぁ、始めるよ」
ぶつぶつと呟くその様は不気味以外の何者でもなく、菜月はピエロから目を逸らすこともできない。
ピエロは店内を見回しながら、その場にいた人を歌にあわせて指差していく。
「だれにしようかな?かみさまの言うとおり……」
菜月はその異様な光景に言葉すら失っていた。
不審な人物だと店員に伝えていたら、せめて逃げ出すことができていたら、菜月はこの後に起こる惨劇によって一生消えることの無い傷を負わずに済んだのだろう。
「……き・み・に・決・め・」
ピエロは「め」と言うときに顔をじっと覗きながら菜月を指差していた。
菜月はがたがたと震える。
そして今までで一番遅い速度で最後の人物を指差す。
菜月は無意識にその指を目で追っていった。
店の入り口が開き、電話を終えた想次郎が店内の奥にいた菜月に気付く。
その隣にいた異様なピエロに想次郎は叫んだ。
「菜月!!」
「……た♪」
ピエロは入り口の辺りを確かに指差していた。
そしてごそごそと懐に手を入れると、黒い何かが取り出される。
菜月はそれが拳銃であることを理解するのに時間がかかった。
日本の様な平和な国で生きている一般の人の意識の中にそれがないのは当たり前だ。
ましてや憩いの場であるカフェの店内で、似つかわないピエロがそれを持ち出すなんて夢にも思わないだろう。
店内にいた客や店員も想次郎の叫び声でようやく不気味なピエロの存在に気付く。
しかしもう何もかもが遅かった。
「ピエロ抽選に選ばれた悲運な貴方には豪華な鉛玉をプレゼント☆」
ピエロは躊躇いなど1つもなくその引き金を引いた。
銃声と悲鳴が店内を包み、入口にあったお洒落なマットは真っ赤な血に染め上げられた。