ざあざあと。
じめじめとしたこの蒸し暑い空気。
そうじゃなくても、夏場で暑いのに余計に暑さを増す。
決して気持ちがいいとは言えないこの空調に、みんなどんよりしている。
そう。
窓からのぞいてみると、外には、水たまり。
雨が降っている。
「あ、折り畳み傘忘れた」
「いつも持ってなかったっけ、佳苗【かなえ】」
「今日に限って、忘れちゃったの」
箒【ほうき】を持ちながら、思わずため息がこぼれる。
しかも、帰る直前に降るなんてね。
昨日、夜にカバンの中を整理したから、きっとその時だ。
入れ忘れたのは。
肝心な時に役目を果たさなければ、意味がないというのに。
「三浦【みうら】」
「あ、はい」
担任に呼ばれ、そこに行けば、
「数学の課題、集めて職員室に持ってきてくれ」
なんて、先生は言う。
「…はーい」
「悪いな」
悪いなんて思ってないでしょう。
当たり前としか思っていないんでしょう。
くっそー!
雨だからせめて早く帰りたかったのに!
そう思いながらも、私は友人の元に帰る。
「何だって?先生は」
「数学の課題を集めて持って来いってさ」
「あちゃー、御苦労さま」
「ほんとだよ。もう、良いことない!」
溜息をつきながら、塵取りを取りに廊下に出る。
すると。
「ほら」
「あ、ありがとう」
塵取りを手渡してくれたのは、同じクラスの三浦くん。
そう。
私と彼は同じ名字。
確か、彼は学校外のクラブ活動をしているんだっけ。
誰かからそう聞いた気がする。
「佳苗!あたしのとこも取って行ってよ!」
「もー!仕方ないなあ」
「ありがとって!」
でも、関わりなんて、全然全くなかった。
―――このときまでは。
ショートホームルームが終わり、下校時間。
教壇の前に立ち、
「今日、数学の課題提出だから!私に出してー!出さなかったら知らないからね!」
と。
そう言って、私は外を見る。
一向に止みそうにない。
―――仕方ない、今日は濡れて帰るか。
そう決めて、静かになった教室の方に目を向けた。
すると、
「え、まだ帰らないの?三浦くん」
三浦くんが席に座っている。
いつもなら、すぐに友達と帰るはずの彼が、なぜかそこにいるのだ。
「俺の事はいいから、早くしたら?」
「え、あ、うん。そうだね」
そう言われたことに若干ショックを受けつつも、私は出席番号順にノートを並べる。
ルーズリーフの切れ端に、提出していない番号を書きだし、重たいそれを抱える。
いや、―――持とうとしたんだ。
「これ、磯山【いそやま】に出せばいい?」
「え、あ、うん。そうだけど…」
「ふうん」
そう言えば、三浦くんはなぜかそれを持ってスタスタと歩いて行く。
今のこの状況が飲み込めていない私は、未提出の番号を書いたルーズリーフの切れ端を持ち、ひたすら、
「ちょっ、待って!三浦くん!」
三浦くんの名前を呼んで、着いて行くだけ。
「私が頼まれたことだから、いいよ!気にしないで」
「重いんだろ?ならいいよ」
「でも…っ」
「三浦は女なんだから、こういう重いのは男に任せればいいんだよ」
それは、駄目だよ。
言ったら。
ドキドキしてる。
何でだろう。
すごく、ドキドキしてる。
まるで、恋愛ドラマのワンシーンのように思えて。
ケータイ小説とか、漫画のような。
そんなセリフに、ひたすらドキドキしていた。
だから今、きっと私の顔は真っ赤だ。
「あ…っ、待ってよ!」
ああ、もう。
なんなの、この気持ちは。
三浦くんと私は、磯山先生の元に行き、それらを渡す。
すると、
「面白い組み合わせだな」
『ダブル三浦か』と、そう言う先生。
小学生や中学生と違って、高校生はもう考え方が大人。
だから、『三浦夫婦』とか。
そう言った、からかったりすること全くなかったため、三浦くんとの関わりはほぼゼロ。
なのに、こうして職員室に2人で来たことに先生は若干驚いているのだろう。
「付き合ってるのか?」
「えっ」
なんて。
そんなことまで言う先生に、私はまた先ほどのセリフがなぜか頭の中に蘇【よみがえ】ってきて、赤くなる。
そんな私を見て、ニヤニヤしてる。
ああ、もう。
ごめん、三浦くん。
誤解されるようなことして。
頭の中で謝るけれども、
「そうっすよ」
なんて。
三浦くんは言う。
「え…っ!?」
「マジか!」
『やっぱりなあ!』と、そう言う先生はバシバシと私の肩を叩く。
「お前ら三浦は、共に良い生徒で俺は好きだからな!応援してるぞ!」
って、先生は本気に取ってるし。
三浦くんは『失礼します』って言って帰ってるし、
「…っ、失礼します!」
私も三浦くんに着いて行く。
な、何で。
何で彼はそんな嘘を言ったのだろう。
私にはよくわからなかった。
けれど、
「三浦くん!」
スタスタとひたすら前を歩く三浦くん。
追いつこうとするのが精いっぱい。
「三浦くんったら!」
雨はまだ、ざあざあと地面に降り落ちている。
音を立てて。
でも、
「三浦くんってば…っ」
―――気にならないの。