「俺がほしいのは・・・望んでるたった1つのものは」
届け。
つながれ。
あぁ、くそ。
どうして今日はこんなに心臓がうるさい?
息を吸う。
「森瀬の気持ちだ」
告白はいつも、相手からで。
別れの言葉も、相手からで。
いつだって、俺の恋は、
始まりも終わりも、相手からの恋。
だから、知らなかった。
こんなにも、恋が色鮮やかだなんて。
呼吸が止まりそうだ。
苦しい。
苦しいけど・・・甘い。
森瀬・・・
答えを・・・
教えてくれるか・・・・?
「古田だ」
ふいに聞こえた声。
甘やかに呼ばれた、自分の名。
「え・・・」
「古田だよぉ・・・あたしが、今ほしいのは・・・古田だぁ・・・」
泣きそうな声。
あぁ、やべぇ。
嬉しすぎる。
俺、マジ泣きそう。
「森・・・瀬・・・」
「好きだよぉ、古田のこと・・・」
好きな人がいるのはとても素敵なこと。
たとえ、叶わなくても。
そして、想いが叶うのは・・・
この世で一番の幸福。
「・・・うん。俺も」
今は、これだけ言うのが精一杯。
告げるには、コトバにするには、
この気持ちは、あまりに大きすぎるから。
でも、いつかきっと、言うよ。
最高に幸せだ、ってさ。
☆End☆
「こーぉきーーーぃ!」
テニスコートに響く明るい声。
暑い。
すげぇ、暑い。
だから、マジで尊敬するよ、夏帆。
毎日弁当差し入れてくるお前のこと。
ほんと、お前はすげぇ。
今日は、焼きおにぎり。
食べやすさにも気を遣っているんだろうな。
鶏の唐揚げ。
ちょっと甘めの卵焼き。
それと、栄養バランスも考えてか、
野菜炒め。
どれも、うまい。
・・・いい奥さんになれそうだな、とか。
そういうことを考えてる俺は、
やっぱり夏帆に惚れてるんだろう。
夏帆は、いい彼女だ。
優しいし、聡明だし、料理上手。
これ以上無いくらい、最高の彼女。
だから・・・言わない。
言えない。
俺には、一つ、隠してることがある。
クラスメイトの堀内さんのこと。
2年生に進級したばかりの4月、
同じ班になった。
ボブカットの髪が可愛らしくて、
最初は女の子らしい女の子だな、思った。
おとなしいし、奥床しい感じだし、
見事なまでに清楚だな、と。
美術部というのも、雰囲気に合っていて。
いつか、堀内さんの描いた絵が見たいと、
思ったこともあった。
・・・口には出さなかったけれど。
好意、って、不思議だ。
意識しなくても、伝わってきたりする。
勘が鈍くても、気づくことがある。
夏帆に想いを告げられ。
夏帆のまっすぐな好意に、俺も動かされ。
俺たちが、交際を始めた頃のことだった。
堀内さんの、好意に・・・俺は気づいてしまった。
でも、その頃すでに、俺は夏帆にべた惚れ。
もう、どうにも出来ないほどに。
だから。
俺は、何も言わなかった。
堀内さんも何も言わなかった。
『最近さぁ』
夏帆が唐突に切り出してきたのは、
俺たちが、付き合うことになれた頃だった。
『七瀬ちゃんが、冷たいんだよね・・・』
夏帆らしくない、淋しげな面持ちで。
『・・・ん?』
『七瀬ちゃん。功毅クンも、知ってるでしょ。
ほら、堀内さん。1組の』
・・・あ。
『話しかけても、スルーされちゃうし
なんか、嫌われてるみたい・・・』
夏帆は、たぶん気づいてない。
自分が理由だってこと。
・・・いや、俺が理由だってこと。
変なところで鈍いんだ、こいつは。
利発なくせに、男女の機微には疎い。
・・・言わないのが、一番だと思った。
夏帆の悩み事は、さらりと受け流した。
「堀内さん、疲れてんじゃないの」と。
そういう自分が、少し情けなかった。
情けなさが最高潮に達したのは、
終業式間近の、ある放課後のことだった。
ペンケースを忘れたことに気づき、
美術室に取りに行った。
美術部員がまだいるだろうと思ったのだ。
でも、美術室には誰もいなかった。
空っぽな美術室。
夕焼けが、妙に赤くて。
いつもの自分の机さえ、幻想的だった。
机の中に、やはりペンケースはあった。
そして・・・そのななめ後ろの机にも、
忘れ物があった。
開きっぱなしのスケッチブック。
綺麗な風景画が描いてあった。
他にも、ラクガキなのだろうか、
繊細なタッチのマンガっぽいキャラクター。
ふと好奇心がうずき、ページをめくった。