確かに、彼女が言うとおり、
夏川高校は、テニスがめちゃくちゃ強い。
しかも、相手は3年生だ。
正直言って、・・・勝てる気はゼロ。
男子テニス部のみんなからも
「1点でも入れられたら、表彰もの」
とか言われている。
さっきまでは、怖くて仕方なかった。
でも。
「平気だって。心配するな」
そっと手を持ち上げ、夏帆の頭の上に置く。
嫌がられるかな、と不安だったが、
夏帆は、ただ頬を真っ赤に染めただけだった。
「がんばってくるからさ」
語るのは、誓いの言葉。
この太陽の中、自転車を走らせて
ここまで来てくれた君への誓いの言葉。
「うん」
夏帆は、にっこりと微笑んだ。
ときに疎ましくなるほど、晴れやかな君。
「見ててくれよな」
付き合って、1ヶ月半。
バカな俺は、君にいいところなんか
1つだって見せられてない。
格好悪すぎる彼氏だろうな、俺。
幻滅させてばかりなんだろうな、俺。
頭もよくて、友達も多くて、優しい夏帆。
朗らかで、おおらかで、奔放な夏帆。
何事にも熱心で、才能にあふれた夏帆。
気持ちを告げてきたのは君からだった。
だけど、本当に惹かれていたのは・・・
たぶん俺の方だ。
1ヶ月半前。
突然、告白された。
・・・いや、突然っていうわけじゃない。
それまでも、友人として接してきていた。
毎日のくだらない、たわいない会話で、
俺たちは、親しくなっていった。
暗い俺。
明るい夏帆。
テニス部の俺。
放送部の夏帆。
接点はほとんど無かったけど、
彼女の快活な笑顔は、俺の支えになって。
そして・・・告白。
「あ、あたしっ!は、は、原沢のことがっ!」
真っ赤な顔の夏帆。
記憶の中にくっきりと刻まれた、真剣な眼差し。
「・・・すごく好きなんだ・・・っ!」
今も変わらず・・・俺を見つめている。
その瞳の光。
駆ける。
精一杯戦うという誓いを込めて。
もう俺は1人じゃないから。
君がいるから。
テニスコートは、俺の戦場。
君の瞳に恋をした・・・俺の戦場。
☆End☆
俺は、周りを見回す。
・・・確かめたくて。
あいつが来てるか。
あいつっていうのは・・・
同じクラスの立原 すもも。
去年から、俺、吉野 賢太は、
立原 すももに、ベタベタに惚れてる。
絶対、言わないけどな。
ってか、言えねぇ。
賢太はシャイすぎるって、よく言われる。
男子テニス部のみんなが認める照れ性。
・・・別に認められても嬉しくないけど。
1年の時からペアを組んでる原沢にも。
『サーブ決めたくらいで照れるなよ』
『勝ったからって照れるなよ』
『いいボール来たからって照れるなよ』
けっこうあいつ、言いたい放題だ。
俺と大して変わらない内気さの原沢。
そのくせ、ちゃっかり彼女持ち。
お相手は、立原の部活仲間、三峰 夏帆だ。
・・・ったく。
だけど、余計なお世話。
俺は、この生き方が気に入ってる。
「けんたー」
やわらかく響いてきたのは、あいつの声。
優しくて、たおやかな、立原の声。
「ん、あぁ、立原・・・」
立原は、ものすごい美少女だ。
去年から、男テニの中でもずっと大人気。
ぱっちりとした大きな目。
すらっとしなやかな体つき。
ちょっと癖のかかった長い髪。
性格もいいし、女子からも好かれてる。
・・・こんな天使みたいな子が
この世にいていいのか、って思うくらいだ。
・・・って、俺!
そんなキャラじゃねーのに!
「もうそろそろ試合?」
「あぁ、あとちょっとしたら・・・」
「そっかー。がんばってね」
「ん・・・」
ってか、原沢どこだよ!
俺、しゃべるの超下手なんだけど!
・・・と言いつつ、原沢も奥手だからなぁ。
口下手だし。
三峰とはよく続いてるよ、ほんと。
三峰の忍耐強さは最強だな。
いや、マジで。
「原沢は?」
「あ、功毅クン?今、そこで・・・」
「あぁ、三峰が来てるのか」
何だか仲よさげな2人。
明るい三峰と、限りなく陰気な原沢。
上手くいくとは予想してなかったが。
「そう。夏帆たち、仲いいよねー」
「ん・・・」
俺もああなれたらな。
・・・立原と。
「でも、いいよね、賢太たち」
「ん?」
「夏に部活頑張れるって」
唐突に言われ、首をかしげる。
「立原たち、部活無いんだっけ?」
「んー、ウチは弱小だからねー」
苦笑しながら、立原はつぶやく。
そう。
立原の所属する放送部は、弱い。
面と向かって言うようなアホなヤツは
ほとんどいないけど、周知の事実。
俺の所属してる男子テニス部も、
超強豪校というわけではない。
だけど、そこそこに名が売れている。
でも、別の意味で、放送部は有名だ。
“冬高で唯一勝てない部活”
そんな二つ名付きで。