The Story~恋スル君ヘ~

「大切な・・・人ですか?」

「あ、これ、放送されるんだっけ」



急に誓志が目を丸くした。
意識しての言葉じゃなかったらしい。

夏帆はちょっと笑った。


「まあ、カットするよ」

「じゃ、一瞬の幻と言うことで。
 ・・・俺には、好きなヤツがいる」



今日はずいぶん、新しい君に会う日。
びっくりするようなことばかり知る日。

   
「そいつは、すっげえ頑張り屋だから、
 俺が力抜いたら絶対軽蔑する」



頑張り屋?

・・・そういう人が好きなの?
私とは正反対なのね。



   
「俺ががんばれるのは、バスケだけだ
 って知ってるから、あいつ」




あなたにそんなに大切な人がいたの?
そんなに近いところにいる人が?








・・・誰のことを言ってるの。


腹立たしいのか、それとも悲しいのか。
自分の気持ちが、全然分からない。


でも、しなきゃいけないことは分かってる。
ただ、放送部員として、誓志を撮ること。


その使命を全うするのみ。


あたしのことを言ってるなんて。
そんな甘ったるいこと、思わない。





くだらない幻影だって知ってるから。









それくらい、分かるから。








でも、誓志が好き。
誓志の好きなバスケが好き。




だから、撮るの。
あなたの輝く姿を。




それは、あたしにとって、
何より揺るぎない確かな真実だから。




放送部員としてでなく、
ただの田川 花として見つけた真実。






それを守り抜くことが、あたしの恋。
大切なあたしの恋。




ーーーーーーーーーーーーーズームする。
アップになる、誓志の生真面目な表情。


好き。
誰にも気づかれなくても、叶わなくても、あなたが好き。




想いを込めて、カメラに触れる。


君を想って。




☆End☆
暑い。
死ぬほど暑い。



俺、原沢 功毅は、汗をタオルでぬぐった。




タオルには、俺のイニシャル“K・H”。
恋人のお手製だ。





県大会出場が決まったとメールすると、
翌週、学校のテニスコートに届けに来た。


「あたしは、テニスのことは分からないけど」

そう言って、彼女は笑った。

「出来ることなら何でも言って。応援する」



その“テニスのことは何も分からない“
彼女の名前は、三峰 夏帆。




夏の日差しが似合う、明るい少女だ。
いつもにこにこしている。

その笑顔は、天真爛漫そのもの。



陰気な俺には不釣り合いなほど、
彼女はとにかく陽気だ。





全くもって、理解しがたい。



今日の県大会にも、来ると言っていた。
いいって言ったんだけどなぁ・・・




「はっらさっわ、こっうきっ!」




妙な節をつけて、フルネームを呼ばれた。
振り返ると、立原 すもも。

去年の俺のクラスメイトで、夏帆の親友。



夏帆とは部活もクラスも一緒だ。

俺のペアの吉野 賢太とも親しいから、
夏帆と連れ立って来ることにしたのだろう。


「夏帆見なかった?」

「・・・俺が聞きてぇよ」




この暑いのに、よく来るよなぁ、こいつも。




「まだなのかな。ちょっと駐輪場見てくる」

「はいはい」


自転車で来るのか・・・


立原の言葉を聞いて、ふと思いつく。




試合が終わったら・・・
一緒に帰ってやるかな・・・



でも、誰かにからかわれるか・・・




“付き合う”というのは、
テニスをするよりけっこう思考が忙しい。






そう思ってしまうのは、
この俺が怠惰だからだろうか・・・。

「こーうきぃーー!」


軽やかな声が響いてきた。



びくっとして振り返る。

来た。
あいつだ。


ウチの冬咲高校の夏服を着た少女が、
ちぎれんばかりに手を振っている。







爽やかで。
涼やかで。
かつ優しく、暖かい夏帆。




俺の恋人。
てってって・・・と、走り寄ってくる。




セミショートの髪を、2つに結ぶ彼女は、
いつも以上に軽やかな雰囲気だ。




「やっほー、功毅っ♪」

「お、おぅ・・・」





何となく、引き気味になってしまう。

違うのに。
こんな、彼女に幻滅されそうな受け答え。




したいわけじゃないのに。





「これから試合?」

「あぁ、うん。夏川高校の3年と」


「夏川・・・って、強豪じゃん!大丈夫!?」



目を丸くして訊いてくる夏帆。

テニスには詳しくないとか言いながら、
強豪校の名前を知っているなんて。



いろいろめんどくさいヤツではあるが、
基本的に、夏帆は愛嬌のある彼女だ。