「ま、確かにあたし放送下手だからね」
「……そんなことは無いと思うぜ」
「え……?」
あたしは、思わず賢太の顔を見る。
賢太は、相変わらず無愛想な表情。
あたしの方を見ようとせずに、
すぼまった口だけがぎこちなく動く。
「俺、立原の声、好きだよ」
「……賢太」
「特に朝の放送、さ」
照れたように賢太がはにかむ。
でも、嘘じゃないんだな、って分かる。
お世辞じゃないんだな、って分かる。
「他のヤツみたいに、せかせかしてなくて、
優しくて、落ち着いたいい声だと思ってる」
『もっと爽やかに言えないわけ?』
『朝なんだから明るい声じゃないとダメでしょ』
先輩たちには、
ずーっとそう言われてきたのに……
「ほ、ほんとにそう思う?」
賢太はちょっと戸惑った顔をした。
でも、はっきりとこう言った。
「思うよ」
「……賢太」
「立原の声、好きだし、いい声だと思うよ」
「そっか……」
何だか、幸せな気分になった。
今まで抱えてたもやもやが
全部、一気に解消されたみたいな。
「じゃ、そろそろ行かねぇと。試合始まるから」
「うん」
「あ、そうだ」
歩き出そうとした賢太が、
ふいに、あたしの方を振り返った。
「この試合勝てたら、
校内放送で取り上げてくれよ」
「え……」
毎日お昼の校内放送。
主な内容は、
各部活の活躍や、校内での出来事・行事。
放送部の数少ない活躍の場だ。
ちなみに、毎週金曜日には、
“FBCタイム”も設けられている。
これは、部内で選ばれた放送部員2人が
ラジオパーソナリティーを務める時間。
生放送ならではの臨場感が人気で、
先生たちからの評判も上々。
それに、放送室の会話の温度が伝わる。
放送部員も大好きな時間だ。
ちなみに、FBCってのは、
フユサキ・ブロード・キャスティングの略。
何代か前の先輩たちが
格好つけて命名した結果らしい。
「え、あ、あたしが……?」
「いいだろ?」
賢太がいたずらっぽく笑う。
あたしは、何だかどぎまぎしちゃって、
上手く言葉が出てこなくなる。
「じゃ、じゃあさ」
「ん?」
「夏帆と一緒にFBCタイムで放送するよ」
「三峰と?」
「功毅クン、喜ぶと思うし」
「あー、それ、いいな」
「でしょ?」
「あいつ、あんなクールな顔して、
けっこう三峰大好きだもんな」
賢太がまたにやっとする。
「それじゃ、まあ、頑張ってきますか」
「うん。夏帆と一緒に応援してる」
「さんきゅ」
賢太は、しゅんっとラケットを一振りし、
テニスコートに向かっていく。
この瞬間の格好よさ、
絶対に全校放送してやるんだから。
ちょっと胸に秘めておきたい気もするけど、ね。
あたしの放送部員としての意地が、
ぎゅっとうずいた気がした。
☆End☆
「もぉー、
ウチらの休憩場所まで侵攻しないでよぉー」
あたし、森瀬 玲は、サッカー部たちに
必死で抗議する。
だけど、あたしのコトバなんか無視して、
ヤツらは水飲み場でだらけている。
「だりーなー」
「何でこんな暑いんだよ……」
「あ、森瀬、売店で炭酸買ってきてくれよー」
「いいねー」
「森瀬、早くー」
こいつらサッカー部は、
この夏、県大会出場という結果を出した。
3年生の先輩が引退した今、
ちょっと調子に乗りすぎな感じ。
くぅ……ムカつくぅ……
あたしの所属する女子バスケ部は、
市大会4位。
……微妙な感じだ。
「ったく……
みんな、他の部活のヤツをパシるなよ」
突然、あたしの背中の方から、
ふわっと甘いテノールの声がした。
誰だか分かる。
もう……分かってる。
ーーーサッカー部の古田昌志(フルタマサシ)だ。
「お、じゃあ、マサが行くのかぁ?」
「えー?そーゆー意味じゃねーけどさー」
古田とは、
1年生の時同じクラスだった。
男子からも女子からも好かれてて、
いつもいじられ役の優しいヤツ。
サッカー部のメンバーからは、
“マサ”の愛称で呼ばれている。
頭はあまりよくないけど、
顔は小動物系でかわいいんだよね。
「ごめんな、森瀬」
唐突に謝られ、戸惑った。
「え、いや、いいよ、別に」
「わりぃな」
「気にしてないよ、ほんと」
「でも、大丈夫か?」
古田は、ちょっと眉を下げて、
ふいに、あたしの目をのぞき込んだ。
「最近ずっとだろ……?」