「平気だって。心配すんな」
功毅は、私の頭を軽くぽんぽんと叩く。
はぅ……!
不意打ち過ぎるよぉ……
その手つきが、何だか不器用で。
でも、優しくて。
私は、もう何も言えなくなる。
「がんばってくるからさ」
「うん」
「見ててくれよな」
そう言って、功毅は駆けていく。
その先には、テニスコート。
信じてるよ。
あんたの全力、私信じてるから。
後姿を見送りながら、
ぎゅっとなる胸のうずきを押さえた。
☆End☆
あーあ、いいなぁ、夏帆は。
がっつり青春、って感じ。
このすももチャンの青春パワー、
奪っちゃってるんじゃないのー??
とか、くだらないことを愚痴りたくなる。
だって、夏帆と功毅、ラブラブすぎでしょ。
一緒に応援に来たのはいいんだけど、
居場所がなくなりそう……
ちょっと心細くなりながら、あたりを見まわす。
そして、無意識にアイツを探してしまう。
お目当てのアイツは、意外とそばにいた。
……賢太だ。
賢太こと、吉野 賢太は、学校で同じ班。
1年生の時から同じクラスで、
けっこう仲良しの男友達なんだ。
やたらシャイなんだけど、
そこがまた面白いんだよね。
だから、今日も夏帆にくっついて
応援に来ちゃったりしたわけで。
「けんたー」
「ん、あぁ、立原……」
「もうそろそろ試合?」
「あぁ、あとちょっとしたら……」
「そっかー。がんばってね」
「ん……」
口数が少ないのは、
別に機嫌が悪いからじゃない。
これが賢太の“普通”。
「原沢は?」
「あ、功毅クン?今、そこで……」
「……あぁ、三峰が来てるのか」
「そう。夏帆たち、仲いいよねー」
「ん……」
夏帆たちを見る賢太の目。
あれ?
ちょっとうらやましそうだったのは、
……あたしの気のせいかな?
「でも、いいよね」
「ん?」
「賢太たち。夏に部活頑張れるって」
「立原たち、部活無いんだっけ?」
「んー、ウチは弱小だからねー」
けっこう部活動に力を入れている冬咲高校。
だけど、あたしが所属する放送部は、
今まで一度も賞を取ったことがない。
すさまじい弱さだよなって、
体育会系な部活には笑われてるんだ。
「あたしの声とか、ほんと変だしさぁ」
「え・・・」
「放送向きの声じゃないって、
先輩たちによく言われてたんだよね」
今になっても思い出すのは、
厳しかった先輩たちのコトバ。
レベルの低い放送しかしないくせに、
プライドだけは無駄に高くて。
後輩いじめを楽しんでた。
『その声じゃ、放送させられないね』
『どうせ上達しないんだからやめれば?』
『はいはいはーい、もうやめてー』
『立原さんの声とかもう誰も聞きたくないし』
『イントネーションが違う』
『ねぇ、いつになったら分かるの?』
先輩からの言葉に耐えかねて、
実際に退部した子もいたくらいの陰湿さ。
「聞いたことはあったけど……
マジでそういうのあったのか」
「ま、確かにあたし放送下手だからね」
「……そんなことは無いと思うぜ」
「え……?」
あたしは、思わず賢太の顔を見る。
賢太は、相変わらず無愛想な表情。
あたしの方を見ようとせずに、
すぼまった口だけがぎこちなく動く。
「俺、立原の声、好きだよ」
「……賢太」
「特に朝の放送、さ」
照れたように賢太がはにかむ。
でも、嘘じゃないんだな、って分かる。
お世辞じゃないんだな、って分かる。
「他のヤツみたいに、せかせかしてなくて、
優しくて、落ち着いたいい声だと思ってる」
『もっと爽やかに言えないわけ?』
『朝なんだから明るい声じゃないとダメでしょ』
先輩たちには、
ずーっとそう言われてきたのに……
「ほ、ほんとにそう思う?」
賢太はちょっと戸惑った顔をした。
でも、はっきりとこう言った。
「思うよ」
「……賢太」
「立原の声、好きだし、いい声だと思うよ」
「そっか……」
何だか、幸せな気分になった。
今まで抱えてたもやもやが
全部、一気に解消されたみたいな。
「じゃ、そろそろ行かねぇと。試合始まるから」
「うん」
「あ、そうだ」
歩き出そうとした賢太が、
ふいに、あたしの方を振り返った。
「この試合勝てたら、
校内放送で取り上げてくれよ」
「え……」