美術室の窓からのぞく、“誰か”の
影にも振り向かない。
強く、あろうじゃないか。
夏帆だけを見つめる、強さ。
揺らがない、強さ。
きっと手に入れてみせるから。
背中越しに、誓う。
こんな情けない俺に、ダメな俺に、
深く想いを寄せてくれた君へ。
振り向かないままで悪いけど。
「功毅ぃ?何か考えごと?」
顔をのぞき込んでくる、夏帆。
心配、すんなよ。
マジで、大事にするから。
「何でもねぇよ」
夏帆の頭にぽんと手を置き、
軽くテニスラケットを一振りする。
今日も、暑い。
☆End☆
ふと、空気の色が変わった気がした。
体育館での練習。
いつもながらに暑い。
その空気が、ふっと色を変えた。
体育館の入り口には、一人の少女。
決まり悪そうに立っている。
・・・あいつ。
俺は、野上 誓志。
冬咲高校バスケ部の2年生だ。
そして、『あいつ』は・・・
放送部の田川 花。
同級生。
隣の席。
名前の通り、花みたいな笑い方をする。
ついでに言うなら、俺の恋のお相手。
去年の俺のクラスメイトに、
原沢 功毅っていうヤツがいた。
入学当時、出席番号が前後だった原沢は、
ちょっと内向的なテニス部員。
恋愛にも奥手で、無口。
いつだって憮然とした表情。
そんな原沢が、ごく親しくしていた
数少ない女子生徒。
それが田川 花だった。
『はっらさわーぁ、教科書貸してー!』
俺たちの教室に、大声で呼びかけてきた。
それが、始まり。
付き添いなのだろうか。
横に立っている少女も、あきれ顔で。
慌ててカバンから数学の教科書を取る
原沢が、何となくおかしかった。
『田川、もうちょい静かに・・・』
『えー?何でー?』
あっけらかんと明るい声。
きょとんとした丸くて大きな目。
心を引きつけられた。
『なぁ、あいつ誰?』
気になって、原沢に訊いた。
『あいつ?』
『さっきの、ビー玉みたいな目の』
『あぁ、田川』
『たがわ・・・っていうのか』
『同じ中学なんだよ』
『彼女とかじゃなくて?』
『バーカ、同中ってだけだよ』
『ほんとかぁ?』
『ってか、俺は三峰の方がタイプ』
『みつみね・・・?』
『田川に付いて来てたショートヘアの』
ショートだった三峰の髪は、
今ではちょっとロングになった。
そして、立場も『原沢の彼女』に変わった。
世の中、何が起こるか分からない。
世の中何が起こるか分からないのは、
俺だって同じだった。
俺と田川は、進級と同時にクラスメイト。
新しい教室に入った瞬間、
真っ先に目に飛び込んできた。
長い髪。
ピンと伸ばした背筋。
その頃にはもう、後ろ姿だけで
彼女だと分かるようになっていて。
『お、田川じゃん』
隣の席なんだと気づいて
にやついてたことは、俺だけの秘密。
『田川と1年間一緒かぁ』
想像するだけで、わくわくした。
こんなに近くに、
こんなに大好きな笑顔があるなんて。
『超嬉しいぜ!絶対楽しくなるからな!』
・・・その頃にはもう、恋だった。
ただの友達じゃなくなってた。
原沢と、三峰と、田川と、俺。
4人で時間を過ごしながらも
目は、いつも田川を追ってた。
・・・好きだった。
でも、心のどこかで覚悟してた。
あいつは俺に振り向かないな、って。
田川は、俺を好きにはならないな、って。
田川は、すげぇ真面目だ。
友達に好かれ、部活もがんばってる。
勉強熱心で、努力家。
あんまり真っ直ぐで。
あんまり綺麗で。
いつだって、好きが止まらなくなる。
俺が少し切なくなるくらい。