全身の真っ黒な火傷が、凍てつくように蠢き出す。

 病室が、地の底のような闇に包まれた。

 ここで全てが終わるのだ。

 想像もできないほどの最悪の苦痛とともに、奴に引きずり込まれるのか。奴を、この世から消し去ることができるのか。

 あの、薄気味悪い、獣の唸り声が徐々に迫り来る。

 はじまる。

 ――これが、私に憑く因果の怪物との、最後の邂逅だ。



「きゃっ……!」



 地鳴りのような呻き声が響いたかと思うと、突如窓ガラスが破裂し、床に散らばる。花瓶や医療器具も、見えない力により派手に歪曲し、破裂する。


「うがっ……!」


 竜巻のようなその衝撃に、灰川さんの体が勢い良く地面に叩きつけられる。そのまま、磁石のように、地に顔をつけたまま、起き上がれないでいる。



「kkkkkkgロロロロロロロロ……ゴポゴポ」


 ――静かに、奴は扉を開けると、地をはうようにして、私たちのほうへ近づいてくる。その姿は、昨日、あの寺で見たものとはまるで違っていた。

 肉体が崩れ、半液状化し、およそ人とは言えない、ただの『塊』となっていた。
 
 しかし、それでも、奴の内包する力だけは外見に反して増幅されているのをひしひしと肌で感じる。焼けただれた、奴と同じこの肌で。


「ロ? ロロおっロロロ? ロ? ロロロ」


 まるで蛭のように這いながらずるずると、黒い肉塊を引きずりながらこちらへと近づいてくる。奴の這った後の地面が、硫酸に灼かれたかのように溶かされていた。

 全身火傷の後遺症なのか、この場の異様な重苦しさのせいなのか。私の体の自由は、完全に奪われていた。辛うじて小さく、小刻みに呼吸することで精一杯だ。

 灰川さんも同様に、この圧力を前に地面に吸い付くように押さえつけられていた。



 ――直感的に、理解する



 こちらに這い寄ってくるこの化物に触れたら、その時点で――『終わり』だと。

 しかし、理解できていても、どうすることもできない。この圧力の前では動く事ができない。それは灰川さんも同じだ。


 これでは……。このままでは……。

 だめだ。もう、間に合わない。

 黒い肉塊が、目と鼻のさきにまで迫っている。

 ……終わりだ。そう確信し、目を閉じた時だった。









「――やめるんだ。『浅神夕浬』」