「ふーん。なるほど、だいたいの経緯は理解しました。大変でしたね」
「……ええ」
「しかし、いつからです?」
「いつから?」
「はい。いつからその黒い女は瑞町さんに纏わり憑くようになったんですか」
いつ? いつから?
そういえば、そうだ。いつからだろう?
厭な汗が、うなじを湿らせる。私は私の中にアレが初めて現れた時の記憶が抜け落ちていることに、今更ながら気付いた。なぜ、違和感も覚えずにいたのだろう? ここ最近になってから特に私に迫ってくるのだが、具体的にいつからなのか、わからない。
「……わからない。……最初の記憶が、ない」
「――そうですか、では考えられるのは2つですね。『最近あなたに憑いたものなのか』もしくは、『ずっと前からあなたに憑いていたものなのか』」
「……………」
息を飲む私を中心に、沈黙が辺りを覆いつくす。
「……もし、このままあの女が夕浬に纏わり憑いていたら……夕浬は、どうなってしまうんだ?」
「死にますね」
なんの迷いも無い即答。
……わかっていたことなのだが、心臓が跳ね上がってしまうのは、どうしようもなく恐怖を感じているからなのだろう。
「正確には、奪われます」
「奪われる?」
「はい。瑞町さんの精神と人格を破壊し、新しく瑞町さんの中に住みます。多分、そういうタイプです」
「な、なんとかしてくれ! 頼む、あんたしか今は頼れないんだ」
「わかっています。しかし、私が『掃う』にあたって、注意点があります」
「注意点?」
「はい。守らなければ、死ぬと考えてください。関わってしまった、あなた方も」
全員の表情が強張り、固くなった体からは、冷たい汗が染み出した。
「原則として、僕の言うとおりに行動すること。各々の勝手な判断で動かないでください」
「それは私達全員に言ってるんですか?」
「ええ、恐らく今回は僕一人じゃ少し大変なので、ここにいる者の協力が必要です」
「怜二、柚子。危ないと思ったら無理しないでいいからね?」
「俺は大丈夫だ。今更退いてたまるかよ」
「……わ、私も平気! 親友の一大事だもん、力になるよ!」
「では、実際に掃うのは2日後です。その時にまたこの時間にここに来てください。そして、瑞町さん。あなたは今日と明日、少し準備を手伝ってもらいます」
「準備、ですか?」
「なら、俺も手伝います。車も出せるし、力になれることがあったら言ってください」
「わかりました。しかし、準備にもそれなりの危険がありますので、覚悟しておいてください」
玲二が頷くと、灰川さんはボリボリと頭部を引っ掻きながらまたも天井を見上げた。
「……では、まず、今から現場にいきましょうか」
「え」