彼は。
私を本当に送るだけのつもりだったのか、最寄りの駅まで来てくれて。

あんまり自宅のそばまで行くのは気が引ける、とばかりに、私の部屋のあるマンションの見える所で、立ち止まった。




「……じゃあ、また」

「うん、ありがとう」



私は背中に視線を感じながら、マンションの入り口で、振り返る。


こんなとこまで送ってくれたひとはいないし、私も送らせた事は、ない。


街路灯の下で、真っ赤な髪をしたボーカリストは、小さく手を上げて。

早く入れ、と促す。




うん。
良かった。

あの人の歌、また聴ける。



良かった。

求められたら、断れないもの。


もし彼と寝てしまったら、大好きだった分だけ、傷も深いだろうから。


良かった。


ありがとね?

次に逢うときも、歌、歌ってね。