「……し…真也、さん………と呼ぶべきでしょうか」


逃げ場もなく、すでに髪は、幾筋もクリップ留めされている。


その慣れた手付きに、妙に安心して。
私は鏡越しにギタリストを見る。

何か話し掛けたかったけど、どう呼んだらいいのかわからなかったから。



「せっかくだから、ダーリンとでも呼んで貰おうかな」

「………えぇ…」



耳の上を、彼の指が掠める。
額を、掠める。

正面を覗き込んだ彼の髪が、頬を掠めて。


私は妙な緊張に、鏡越しの哲に助けを求めるように、視線をやった。


哲はいつも、表情が乏しいから。

楽しいのか退屈なのか、はっきりしない顔に、やや苦笑を浮かべて。

でもちゃんとそこに立って、見ていてくれる。



哲が止めないのだから。

きっと、可笑しな髪にはならない…よね?