「鈴には言っていなかったが、義兄上とは一つ戦における取り決めをしていた。」

刀の手入れを続けながら吉辰が話し始めた。

「…取り決めでございますか?」
「そうだ。和那の国は小さく、兵の数も限られている。一人の力は強いが、敵が大軍となればまず勝ち目はない。東国にはまだ大国がいくつも争いを続けている。それ故、もし和那の国が敵に攻められることあれば、直之殿は必ず援軍を引き連れて参上していただく。逆に直之殿が援軍を必要としたときは和那の国から援軍を送る。」
「…そのような取り決めをされていたのですね。」

もともと鈴姫は直之の領土拡大のために嫁入りをしたまでのこと。本来の目的は互いの利害関係の一致である。つまり人質である。分かっていたとはいえ、いざ言葉で聞くと、虚しさも浮かんでくる。

「しかし、わしが鈴を嫁にと決めたのは援軍のための人質としてではなく、わしが妻に迎えたいと思うたおなごだった故。そこは分かって欲しい。」

気づくと吉辰は刀の手入れを終え、鈴姫の前に向きあうように座っていた。