桜の木に青葉が茂る頃、和那の国に鈴姫の兄、橘直之が来た。

「兄上、遠いところわざわざお越しいただき、誠にありがとうございます。」
「吉辰殿、久しぶりじゃ。辰之介殿もお久しゅうごさる。」

直之と吉辰、辰之介が挨拶を交わすのを鈴姫は吉辰の背中に隠れて眺めていた。

「死を分かつ時までわしの妻じゃ。」

吉辰に言われた言葉を思い出し、鈴姫は今にも兄から逃げたい気持ちを抑えた。

兄の直之が嫁ぎ先に来る時は決まって不機嫌である。鈴姫はそれはたとえ義兄弟であっても敵国に足を運ぶのが兄は気に入らないのだと思っていた。

しかし、吉辰の背中越しに見える直之は珍しく笑っていた。吉辰や辰之介と親しげに話している。
珍しいこともあるものだと思いつつ、兄への不信感は消えることはない。

「鈴、久しいのう。」

はっと気付くと、目の前は吉辰の背中ではなく、兄の直之が機嫌良さげに立っていた。

「…お久しゅうございます、兄上。」

鈴はさりげなく隣の吉辰に寄ってから答えた。
直之は満足げな笑みを浮かべている。

「幸せか、鈴。」

唐突な質問。
鈴姫は質問を理解するのにかなり時間がかかった。直之は真顔で静止する鈴姫に大笑いしてた。