伊井薫。
雅之の母であり、裏切り者。
愛していた妻であり、情報を盗むのみならず正室と側室を殺した女。
「その割には冷静なのですね。」
「あぁ。」
“自分でも不思議なくらいだ”と景之は言う。
その目は感情を映さない。
果たして認識できているのだろうか。
そう問いたいくらいだ。
「奴と再会したとて、既に年老いている。殺すことなど容易すぎて少しも情が動かない。」
「愛した人でも?」
「もう、愛してはいない。」
静かに言う。
良寧は景之を見るだけだ。
「それで、居場所が掴めたのか?」
「はい。」
“しかし”と言葉を続ける。
「もう、ひとではありませぬ。」
その言葉の意味は直ぐに解った。
八倉家の研究資料を奪ったのだ。
同じ秘薬で自分のようになったことは予想がつく。
「俺と同じ、か。」
「いいえ。彼女は妖の血に耐え切れず、暴走しております。現在の位置は細川だそうです。」
「!」
景之の目が少し大きく開かれる。