それでも、薫が居る。

それがこの状況において唯一の希望だった。

事件後、薫は行方を眩ませた。
攫われたのだと思った景之は行方を捜す。
子供達は家臣や母方の実家などに任せていた。

会わせる顔がなくて雅之には会わないでいた。
母を守れぬ父など不甲斐ないと思っていた。

そして、漸く見つけたのは上尾の戦の時だった。
上尾側に居た薫を景之は見つける。
しかし、彼女は捕らえられていたわけではなかった。
『薫!』
名を呼ぶ景之を嘲笑い、あの惨事は自分がやったことだと暴露した。
『妖怪。……まんまと人間に騙されたわね。わたしは最初から、研究資料の為だけに取り入ったのよ。』
『なっ……』
絶句した。
受け入れがたい現実に追い討ちをかけるように女は言う。
『妖怪など愛さなければ良かった』
そう言い残し、去って行く。
表情は見えない。
見たいとも思えず、追う気にもなれなかった。
慟哭さえも、嗚咽さえも、出てこない。
静かに染み渡るように状況を理解した。
(そうか。)
人間など、信じるに値しない種族なのだ。
そう嘲た。