しばらくすると、上尾国の外れに民家があった。
中からは女と子供の声がする。
『一正殿?』
兵士は怪訝そうに一正を見た。
『こんな民家まで襲うことはない。』
『しかし、上尾には化け狐が居る。』
くるりと進む方向を変える一正にもう1人の兵士が言う。
『沢川。あんた、子供の声が聞こえんか?』
『聞こえます。』
沢川と呼ばれた兵士は淡々と答えた。
『だったら……』
『陣へ侵入してきた子供が居たが、ただの子供だと思い、気に留めなかった。しかし、子供は奇術を使い、多くの兵士が亡くなった……あの時の惨劇をお忘れですか?』
『忘れるわけないやろ。あの時のことも、わしを守って死んだ兵士も!!』
『ならば、情けは無用。あの時の繰り返しにならぬよう。』
怒鳴る一正を意に介さずに沢川は言った。
『分かっとる。やからと言って、関係ない者まで殺すんか?』
『殲滅せよとの命ですので。』
沢川は答える。
その答えにもう1人の兵士は目を伏せた。
『清水。』
一正はその兵士を呼ぶ。
『あんたはどう思う?』
『戦に勝つ手段としては致し方ないかと……酷ではありますが。』
清水は僅かに目線を上げて答えた。
『この戦いに負ければ、今まで命を賭けた者達の意が報われませぬ。』
『せやな。』
清水に一正はそう返事を返して民家へ向かった。