――まだ、一正が“八千代”と呼ばれていた頃
当時、清零国と細川国が上尾国を攻め落とそうとしていた。
上尾国は細川に敗れた酒田国と同盟があったが、破棄してこの戦に臨んでいる。
清零国により、領土の半分は奪われている。

八千代は国王である陸羽に呼び出された。
『呼んだかいな?』
笑いながら言う八千代に陸羽は黙って頷いて、鎧を渡した。
『これより、この国の為に働いてもらう。』
『兵士になれと言うんか?』
八千代はあからさまに嫌な顔をした。
『否定権はない。』
陸羽は厳しい顔で八千代に言う。
『わかっとるわ。』
そう言って、鎧を受け取った。

それから、八千代は兵士となった。

間もなくして、“細川一正”の名をもらい、総大将に任ぜられた。

『上尾国へ進軍せよ。』
陸羽の下知により、一正率いる細川軍は上尾国へ進軍した。

『どうや?上手くいってるか?』
一正は兵士に問う。
『はい。敵の数は既に2千を下回っているかと。』
『そうか。下がれ。』
『はっ。』
兵士は一正に返事をすると、去って行った。
(さっきまでは6千の軍やったのにな。)
一正はそう思いながら、傍にあった地図を見る。
(ま、こっちは3万の軍やからな。当たり前か。)
今度は、傍に献上された数々の首を見た。
この首を見た人々は“なんて強いお方だ”と一正を評する。
(わしは、陣の中で何もせずに見ておるだけやのにな。)
一正は僅かに嘲笑した。
『松内』
『は。』
一正が呼ぶと、家臣は即座に振り返った。
『あんたにここを任せてええか?』
『はい!お任せあれ。』
松内のその返事を聞いた一正は、乱暴に垂れ幕を掻き分け、外に出た。