すぐに助産師さんが現れ、母子同室にあたり一通り説明を受けた。


そしてテレビ番組やコマーシャルで良く見るあの新生児用のベッドに乗せられ、昨日間違いなく私の中から生まれた息子が連れられて来た。


起きているようで、キョロキョロと顔を動かしている。


頭の上には「僕のママは○○です」と、またお決まりのカード。


自分の名前が記されているそのカードを見ても、何だかまだ現実とは思えない。


助産師さんはまずオムツの替え方を教えてくれた。


「次に授乳ですね」


おーっ。


キタキタ。


いよいよ我が子に「おっぱい」をあげる時が来たのだ。


出産を経験済みの友人が、初めての授乳って感動するよ〜と話していたことを思い出した。


よし、感動の準備できてるぜ!


私は椅子に円座クッションを置いて腰掛け、膝の上に授乳クッションを置いた。


クッションだらけである。


「まずオイルで乳首のマッサージをしてからね」


乳首のマッサージ?


そんな事は聞いていないな。


助産師さんはオイルを手に取り、私の乳首を思いっきり摘まんだ。


当然、痛い。


思わずゔっと声を漏らした。


「目標はマシュマロぐらいの柔らかさね」


そう言いながらまた私の乳首をぎゅっと潰した。


マシュマロ?


乳首がマシュマロぐらいの柔らかさになれと?


「痛いですね」


私は当たり前の感想を述べた。


助産師さんは笑いながらそうね、と言ったが、その指先に込める力は緩めてくれない。


まるで下品な罰ゲームのようなオイルマッサージをようやく終えて、助産師さんがベッドの中から息子を抱き上げた。


既にどっと疲れてしまったが、本番はこれからなのだ。


私は右の胸をポロリと出したまま息子を受け取り、自分の胸元に息子の顔を近づけた。


息子が口を開けて乳首を加えようとする。


するとすかさず助産師さんが息子の頭をガシっと私の胸に押し付けた。


突然の事で私も驚いたが、息子も驚いているようだ。


「!?」By息子。


と言ったところである。


それでも生まれつき備わっていると言う能力を発揮して、ちゅうちゅうとおっぱいを吸い始めている。


助産師さんが私の右手を取り、息子が吸っている右の胸を脇からぐいっと中央に寄せ集めるように手を添えさせた。


左手で息子を支え、右手は自分の胸を寄せている。


授乳クッションのおかげで態勢はだいぶ楽なのだが、それでも必死の形相である。


授乳ってこんなに必死こいてするものなのか?!


育児本に載ってた授乳シーンの母親はまるでマリア様のような穏やかな微笑みを浮かべて我が子を見つめ、その赤ちゃんもまた穏やかな表情でおっぱいを飲んでいたはずだ。


もちろん撮影用なのだから現実とは違うのかもしれないが、少なくともこんなにクッションにも囲まれてなかったし自分の胸を寄せ集めたりはしていない。


息子の口元からも「クェッ、クェッ」と少し変な音がする。


私はギターでも弾くような自分の前かがみ姿勢と息子のたてる変な音に笑いがこみ上げてきた。


ふと目の前にある鏡に目をやると、すっぴんパジャマで前かがみになっている自分との姿は想像以上にマヌケで、さらにその口元は笑いをこらえきれず変に歪んでいた。


これが、私の初めての授乳体験の一部始終だ。


もちろん感動の「か」の字も感じられなかったのは言うまでもない。