「……来るね」



千秋がポツリとそう言った。

桜は少し身をかがめる。
川一面に張り巡らせた結界。
上流から流れてくる乙姫を止めるためのものだ。

ザワザワザワと木々が揺れる。
ゴボゴボゴボと川が沸騰したように泡立つ。
ぬるりとした妖力。
乙姫だ。


「乙姫。少しだけ時間をかせ。交渉だ」


ゴボッと川がさらに沸騰したように泡立つ。
怒っている。
交渉してもらう側なのに上から目線の千秋のせいもあるだろう。

乙姫の姿は見えない。
けれど、結界が大きく揺れている。
そこにいるというのは確実だ。


「妖怪探知と結界術の名門、伊勢家の血を途絶えさせる。その代わり、あんたの能力を貸してほしい」


千秋はそう言い、どこで拾ったのかガラスの破片を自分の首元へ押し付けた。

ビチャンッ、と大きな音をたて、川から魚が大きく跳ね上がった。
魚は弧を描くように落ち、川辺の石に強く身体を打ち付けた。

絶命している。
川は相変わらずゴボゴボと沸騰したようになっている。

NOということだろうか。
桜は腰から七支刀を抜く。