じっと息を潜め、草の隙間から目を光らせる。

生い茂る木々。
太陽はちょうど少年の頭の上。

ほんの少しのズレで動物は気付く。
周囲の草木に同調し、自らを自然の一部だと思え。

それから。
それから、と少年はじっと考える。

クニのオサが少年に言った言葉を思い出しているのだ。


雪の深いクニに育った少年は身寄りがなかった。
ここよりも遥か北。
もっとずっと寒いところからやって来た女に連れられて、この地に来た。

少年を連れてきた女はこのクニに来てまもなく倒れた。
出生の分からないまだ三つばかりの少年を引き取ってくれたのはオサだった。


オサはクニで一番の年長者だ。
クニの皆もオサのことは一目置いている。


『イヌ』


しわがれた声で、オサは少年のことをそう呼んだ。
少年を連れてきた女が北の地、アイヌ出身だったからそう名付けられたそうだ。

だが、少年の周囲の大人たちは

『要らぬ、要ぬ子、イヌ』

と呼んでいた。

オサが何を思って少年にイヌと名付けたのか真相は分からないが、少年はオサを嫌ってはいなかった。