スヤスヤと眠る赤子の顔を弓月は見つめる。

この赤子の母親は、最後まで赤子を守ろうとした。

崩れゆく建物と火の海の中、最後まで赤子を抱きしめていた。

近くでその様子を眺めていた弓月は「これは死ぬな」と思った。
手遅れになる前に彼女から赤子を奪い安全な場所へ逃げないと。

燃え盛る炎の中。
弓月はぶわりと羽根を広げ勢いをつけて飛び、女の手から赤子を力づくでもぎとった。

女に弓月の姿は見えないのだから何が起こったのか分からなかったのだろう。

だが、彼女は突然見えない何かに赤子をさらわれたにも関わらず、泣き笑いのようや表情をしてこう叫んだのだ。


「行け!」


ゴオッと火の粉が上がる。

それから逃れるように弓月は赤子を抱いたまま上へ飛んだ。

崩れ落ちる建物。
女の姿が見えなくなる瞬間、また彼女の声がした。


「生きろよ!万歳!!」


万歳。
日本国万歳。
天皇陛下万歳。

開戦直後、人々はそう言って騒いでいた。

何が万歳だと。
鼻で笑って馬鹿にしていたが、彼女の最期の叫びの「万歳」には胸に来るものがあった。