「みよは?」


みよとは彼の妻だった女性だ。
赤子を抱いて必死で逃げようとしていた痩せた女。
転んで、燃え崩れゆく建物の下敷きとなった。

赤子は、巻き込まれる前に弓月が助けた。
母親は助けなかった。

アテルイの子孫以外は助けない。
それが弓月の信条で、妖怪と人間の線引きだったから。


「この子を守って死んだ。」

「……そうか。」


ギョロリとした目の動きが止まった。
じっと弓月の腕の中の赤子を見つめる。

そうして突然、両の目から涙が溢れ出た。
ボロリボロリと、涙の粒が痩せこけた頬の上を滑る。


「昨日、ここに帰る途中、子狐に会ったんだ。」

「九木か。」

「明日の朝、ここを発つよ。」


弓月は涙を流し続ける男を見た。

今までの54人も、今目の前にいる男も、どうして皆自分の命を捨ててしまえるのだろう。