「徳川の世が終わりますね。」


ポツリとお菊がそうこぼす。


「もしも、私が生きてしまったら、この世はどうなるのでしょう。」

「……さぁのう。」

「新政府も、幕府も、何もなくなるでしょう。九木は、人間全てを滅ぼす、と。」


ふいと夕日から目をそらし、お菊は眠る赤子の手を柔らかく握った。


「九木の元へ行くのか?」


きっとお菊も今までの49人と同じ選択をするのだろう。
弓月はふと虚しくなる。

お菊はそんな弓月の様子にも気付かず眩しそうに赤子を見つめる。


「徳川の世があければ、新しい世の中になるらしいです。輝く、明るい世に。だから今はまだ、夜明け前なのだと言う人がいました。」


夜明け前。
弓月は茜色の空を見つめる。
いくつもの青い雲が伸びていた。


「夜が、明けたら」


噛みしめるようなお菊の言葉に呼応したのか、赤子がギュッと彼女の手を握る。



「夜が明けた世界を、この子に見せてあげたくて。」


お菊はふっと笑みをこぼす。
愛おしげに赤子を見る目は、母親の目だった。

弓月はふと、もう何百年も会っていない自分の一族のことを考えた。
定期的に空に無事を告げる合図はおくっているが、久しぶりに手紙でも書いてみようかと思った。

日が沈み辺りが闇に包まれた頃、お菊は出て行った。
そして、弓月は赤子を抱いて南へ向かって飛び立った。