「弓月は優しい妖怪ですね。」
「そんなわけない。」
目を細めて笑う恒世。
きっと彼女も、今までの14人と同じ選択をするのだろう。
今いる村を、人間を、守るため。
馬鹿だな、と弓月は思う。
たかが村一つ。
そのために彼女は死ぬ。
ほぅ、と赤子から目を離し恒世は遠くを見るような目をした。
一面に広がる稲穂。
その向こうには夕日に染まった山々が連なる。
「行くのか。」
「行きます。……日が、沈んでから。」
「そうか。」
茜色の光が恒世に当たる。
恒世は眩しそうに目を細める。
「弓月、二日ほど歩いたところに、金に輝く寺があるのを知っておりますか。」
「奥州か。藤原の。」
「夢のごとく、美しいところだと聞きました。一度でいいので、見てみたかったです。」
ヴヴヴ、と赤ん坊が変な声をあげてぐずりだした。
クスクスと恒世は笑う。
そうして、しゃんと姿勢を正し弓月の目を見た。
「この子に、見せてあげてください。夢のような、金の寺を。」
弓月はただ黙っていた。
日が沈んでから、恒世は小さな背中をしゃんと伸ばして森の中を歩いていった。
弓月は赤子を抱き、恒世の夫には何も言わず南へ向かって飛び立った。