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匂いがしないな、と。
竹内天音の第一印象はそれだった。
今まで何度か遠目に見たことはあったが、こんなに近くで見たのは今が初めてだった。
青みがかった瞳。
竹内天音。
彼女は、何の匂いもしなかった。
佳那子はすい、と右下に目をやる。
つい最近も、似たようなことがあった気がする。
二、三秒考えてからあ、と思いついた。
藍ちゃんだ。
彼女も初めて会ったとき、何の匂いもしないと思ったんだ。
常寂光寺。
夏の入り口のムワッとした匂いが、藍ちゃんの側に寄った途端感じられなくなった。
変だな、とその一瞬だけは思った。
すぐに忘れてしまったけれど。
「佳那子ちゃんってマニキュアしてるの?」
藍ちゃんがまだ入学試験を受けていない時だった。
彼女が廊下をひたすら水拭きしていて、そこに佳那子が「休憩しよう」と声をかけた。
二人で廊下の隅に座って話している時。
ふと思いついたかのように藍がそう言ったのだ。
「あ、分かる?本当はダメなんだろうけど足の指だけしてるの。」
「足袋履くから隠れるんだね。」
藍はマニキュアについて良いとも悪いとも言わず、ただ佳那子の足を見つめるだけだった。
別にマニキュアをしていることなど珍しくもないのだろう。
鬼道学園に入る前に藍は普通の学校に通っていたのだから。
普通の学校では化粧をしている子もいると聞く。
いいなぁ、と佳那子は思う。