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夏だというのに虫の声が聞こえない、薄気味悪い夜だった。
深く、深く、どこまでも黒い空に雲はない。
あるのは白く輝く月のみ。
その鋭い光に照らし出されたのは、一人の女性。
動く度に長い髪がゆらりと揺れる。
「竹。」
彼女の言葉は辺りに深く染み入る。
そこまで大きい声ではなかった。
それでも彼女の声は水面が広がるように辺り一体に広がる。
カサリ、と音がして一人の少女が木々の間から姿を見せる。
その顔は驚愕に満ちており、すると段々泣きそうになってくる。
唇を震わせ、振り絞るように声を出す。
「壱与さまっ。」
感極まった少女とは対照的に、壱与と呼ばれた女性は凛とした表情で立っている。
「牛木にかけた術は成功した。奴は東へ逃れたが、もう長くはないだろう。」
「では、壱与さまが次の牛木になられるのですね。」
少女は壱与の元へ行き、顔をほころばせる。
彼女にとってそれは何よりも嬉しいことだった。