何度か道を間違えながら蛍はようやく厠に着いた。
家が大きいとトイレを済ますのにも一苦労だ。

蛍が厠の戸を開けようとした時、ふとあることを思い出した。


『蛍、お前、厠の奥にも部屋があるのを知っているか?』


父の言葉だ。

蛍が岩手へ行くほんの少し前に交わした会話。

足を止め、蛍は今立っている通路を見る。
厠の奥にも、通路は続いている。

奥まで行けそうだ。


だが、行きたくない、と思った。
黒く、ぬるっとした通路の奥底の何かに拒絶されている気がした。

蛍はくるりと反転しそのまま走り出す。


初めて、この家を怖いと思った。


『妖怪がいるんだ、うちには。』


父の声が頭の中に響く。

妖怪だろうか、幽霊かはたまた怪物か。

蛍が確信したことは一つ。
この家には何かがいる。

それも、気味悪い何か。