⌘
ガヤガヤとした人の声が、開放されたふすまから聞こえてくる。
佳那子は機嫌良くポニーテールを揺らしながら広間に入ってゆく。
「おはよー!」と彼女の元気な声が聞こえた。
「……行くよ。」
「お、おぅ。」
藍と有明の二人はたどたどしく声をかけあって足を踏み出す。
ふわりと味噌のいい匂い。
というか、和食特有の上品な匂いがした。
あ、美味しそうな匂い。
呑気に藍がそう思った瞬間。
シン、と一瞬広間が水を打ったように静かになった。
藍の背中にしがみついていた有明がヒクリと震えたのが分かる。
一斉にたくさんの目に見つめられ、藍も思わず顔を伏せた。
嫌な静寂を破ってくれたのは佳那子だった。
「藍ちゃん、こっち。」
明るい声で手招きする佳那子。
その声を合図に、周囲も再びざわつきだす。
だが、そのざわつき方が藍が入る前と後とではだいぶ違う。
藍の方を見てヒソヒソ囁きあっている。
藍は一直線に佳那子の隣の席へ向かった。
「気にしない方がいいよ。」
「……努力はしてみる。」
藍の微妙な返答にも佳那子はニコリと笑うと「いただきまーす」と食事にとりかかる。
湯気がたつアサリの味噌汁をすする佳那子。
広間に入ったときに感じた味噌の匂いはこれだったのか。
状況は悪いが食事は美味しそうだ。
藍も「いただきます」と小さく呟いて手を合わせた。
「人間って怖ぇー。」
隣でそう呟く有明。
そう言えば、彼はご飯は必要だろうか。
ふとした疑問を藍が抱えたとき、カーンと鐘のような音が響き渡った。