「蛍。お前、厠の奥にも部屋があるのを知っているか?」

「そんなのあったの?」

「あぁ、ある。」


少し目に光を灯し厠へ走り出す蛍に、父親は微笑む。

人の上に立つ者は、人の心が分かる者。
その点で言えば天音よりも蛍の方が当主に向いている気がした。


「父さん。」

ふいに、廊下の先で立ち止まり父親の方を振り返る蛍がいた。


「何だ?」


そう言って駆け寄ると、蛍が顔の前にいきなり緑色の物体を見せた。


「さっき、強い風が吹いてこれが飛んできた。」


それは、大きな葉っぱだった。
ヤツデの葉。
手のような形。
天狗の羽団扇とも呼ばれている。

天狗。
話には聞いていたが、まさか自分とその息子たちの代だとは。


「これ、読めないよ。」

呆然としていた父親は蛍の声に現実に引き戻された。
とうとうこの日が来たのか。

これも竹内家の血を継いだ者の宿命。

半ば諦めの気持ちで、その大きなヤツデの葉の表面を見た。
美しい字でこう書かれていた。


『九木が十年後、動く。気をつけよ。弓月』