結歌に連れられマンションの一室を訪ねた。 

玄関に現れた方が、結歌のいう 「すごい人」 らしいが、どこがどのようにすごいのか、お目にかかっただけではわからない。

女性の年齢を見た目で言いあてるのは難しいけれど、私たちの母親と同じ世代か、もう少しお若いだろうか 。

ほとんどメイクを施していない肌が、ツヤツヤと滑らかな女性だというのが私の第一印象だった。

結歌は面識があるようで、二人がにこやかに挨拶をしている横で所在無く座っていると、 




「友人を見ていただきたいのです。彼女、何か大きな力に阻まれているようなんです。 

彼女へ言の葉をお願いします」



こんなことを言い出した結歌に、付き添いのつもりでいた私は大いに驚いた。


私は、占いやお告げの類をまったくといっていいほど信じていない。

雑誌の占いの欄に目を通すこともまれで、たまに目に入っても読んだ先から忘れてしまう。

占い師などと言う人種は、私の中では 「怪しい人」 のカテゴリーに入っている。 

結歌には申し訳ないが、ニコニコと微笑みながら私を凝視する 『キョウコ・コダマ』 さんに警戒心さえ
持っていた。



「あのね、私はいいから結歌がみていただいて。ねっ、そうして」


「だめ! 手を尽くしたけど、どれもこれも上手くいかないじゃない。

私も責任を感じてるの。キョウコ先生なら、きっと良い言の葉をくださるわ。

私を信用して」



結歌が私を思って 「有名なキョウコ先生」 を紹介してくれた、それはとてもありがたいし嬉しいと思う。

けれど……正直なところ、私にとってはありがた迷惑だ。

彼女の心を傷つけずに断るにはどうしたらよいものか、遠慮しますと言葉を並べながら断るきっかけを探していた。

ところが、キョウコ先生の話はいきなり始まった。



「強運の持ち主でいらっしゃいますね。加えてご自分の才で運命を切り開く力もおもちです。

いま、大きな壁があなたの前をふさいでいるようです。さぞお辛いでしょう」



「私のことをお伝えしたの?」 とささやくと 「名前と生年月日だけよ。お言葉のあいだは黙ってて」 と結歌に注意された。

名前と生年月日だけで鑑定をする人は数多くいるときく。

キョウコ先生もそんな一人なのだろう。 
  
誰しも困難の一つや二つ抱えているものだ、強運の持ち主でも、それを生かしていないと言えば誰の鑑定でも通るのではないか。

私は疑い深くキョウコ先生の言葉を分析した。



「心配はいりません、近く難が運に転じます。すでに動き出しています。 

けれど、望む結果はすぐには見られないでしょう。

いつまでも困難が続くのではないかと諦めたくもなるでしょう。 

それでも結果を求めて焦ってはいけません、待つのです。

そして、時がきたら、その手でつかむのです」


「近くとは、いつですか」


「珠貴、質問はあとで……」


「明日の朝、良い知らせがあるでしょう。 

今週末、大きな動きがあります。あなたの将来を左右するものです」


「明日の朝ですか……お話をうかがって迷いが消えました。 

ありがとうございました」


「珠貴、ほかに聞きたいことはない?」


「いいえ」


「本当にいいの?」



首を縦に振った私を、キョウコ先生はにこやかにご覧になった。

もう一度礼を伝え、まだ話を聞きたそうな結歌を促し玄関へと向かう私に、後ろから声がかけられた。



「真珠を持つ方ですね」


「えっ? はい……あの」


「お父さまですね」


「そうです。どうしてそれを?」


「真珠を必要となさる方が、あなたのお近くにいらっしゃいますよ」 


「そうですか……では失礼します」



キョウコ先生と私のやり取りに、しきりに首をかしげる結歌の腕を引き玄関を出た。

「真珠ってどういう意味なの?」 と不思議がる彼女を、今度は私がタクシーに押し込んだ。



「特別な意味はないわ。私の名前に珠の字が入っているから、そうおっしゃったんでしょう。

父が私の名前をつけたこともお伝えしたの?」


「いいえ、そんなこと言わないわよ。事前に名前はお知らせしたけど、漢字はご存知ないわ」


「えっ……それじゃ、さっきのは予言なの?」


「予言じゃない、言の葉よ。コ、ト、ノ、ハ。

珠貴、キョウコ先生のお言葉を信じてなかったでしょう。 

明日の朝、良い知らせがあるはずよ。それが本当だったら信じるわね?」


「そっ、そうね……」



まだ半信半疑だ。 

いえ、80%は信じていない。

けれど、迷うことなく告げるキョウコ先生の言葉には清々しさを覚えた。

明日の朝、誰から何を知らされるのか、そうでないのか。

いずれにしても、何事にもあらがわず時を待とうと心が決まった。