「……諦めればそこで終わりだが、前に進めば……そのとおりですね。

ありがとうございます。気持ちが軽くなりました」



心に染み入る言葉だった。

突然、思い当たる事柄を言い当てられ、不思議に思いながらも素直に受け入れようと思った。

大きな壁とは須藤社長のことだろうか。

立ち向かわず融合せよとは、なんと難しいことか……

だが、諦めなければ道が開けるのだ。 

くじけかけた心が立ち上がり、ふたたび力がわいてきた。

しかし 「真珠を持つ人」 とは誰だろう。 

真珠を持つ女性は数多くいる、それとも人でななく他の意味があるのか。

そのときはまだ 「真珠を持つ人」 の意味はわからないままだった。



病院を出てすぐ珠貴に電話をした。

電話の向こうの彼女は、私の身に何か起こったのではないかと心配していたという。

涙を含んだ声が珠貴の心配の度合いを示している。

路上で倒れた高齢の女性を助けたと話したが、最後に聞いた不思議な話は伝えなかった。



「父に伝えておきます。そんな事情があったなら仕方がないわ。でもね……」


「なにかあったのか」


「昭和織機の丸田会長がおみえになったのよ」


「なんだって」



7時に須藤邸を訪問する客というのは丸田会長で、近衛宗一郎にはよく言っておいた、安心しなさい。 

お嬢さんには良い婿を紹介しよう、任せてくれと言い、得意げな顔で帰ったそうだ。

願う未来をつかむのは容易ではないようだ。

辛抱もどこまでたえられるのか……






大きな動きのないまま三週間が過ぎた頃だった。 

食事でもいかがですか……と、結歌さんの父親の波多野局長から誘いがあった。 

約束の日に待ち合わせの席に行ったが、急用で来られなくなったと連絡をもらった。 

急用では仕方がない、席をキャンセルして帰ろうかと廊下にでたところで、隣りの部屋から出てきた人と鉢合わせした。

そこには、須藤社長が立っていた。 

つくろうまもなく挨拶だけは口から出たが、そのあと、なぜここにいるのかを必死に説明していた。



「これは奇遇だ。私の方も相手が急用で来られなくなってね……

近衛君、一緒にどうだろうか」


「ご一緒させていただきます」


 

「そのとき」 が突然やってくるというのは本当だった。


『……はむかってはいけません、受け入れて融合させなさい。諦めてはいけません』


小玉さんの言葉が耳の奥で静かに響いた。