非科学的でもなんでも、すがれるものがあるならすがりたい。
今の私の正直な気持ちだ。
渋滞を避けるために路地裏に入り、住宅地を抜け商店街の通りに出た。
時計に目を走らせると、時間はそれほどたってはいなかった。
これなら約束の時刻に間に合いそうだ。
酒屋の看板が目に入った。
昔なら、結婚の許しをもらうため女性の家を訪れる際、酒樽を下げて行ったことだろう。
ふいに、以前見た時代劇の一場面が蘇った。
緊張の面持ちの武士が手に酒を下げ歩いていると、道にうずくまる老婆に出会い、胸を抑えて苦しむ老婆を、おりよく近くにあった医者の家に運び込んだ。
しかしその武士は、病人の介抱のため相手の家に行きそびれ、縁談が流れた……そんな話だった。
縁起でもない……
車のスピードを落とし酒屋の前を徐行しながら、大きく頭を振って縁起の悪い場面を追い払った。
商店街を抜けると、アクセルを踏み込みスピードを上げた。
道を歩いている老婆が急な病でうずくまる場面に出会うなど、そうあるものではない。
昔ならいざ知らず、車社会の現代で病気を抱える老人が不用意に出歩くことがあろうか。
妙な記憶が蘇ったものだと苦笑いした矢先だった。
道の端を、おぼつかない足元で歩く高齢の女性が目に入った。
”まさか 急にしゃがみこむなんてないだろうな……”
そう思った瞬間、その人が倒れるように膝をついたのだった。
「うそだろう!」
思わず声が出ていた。
こんなことってあるのかと、なかば怒りながらも急ぎブレーキをかけ車をとめると、老女のもとへ駆け寄った。
「大丈夫ですか。どうしました」
「胸が……」
「胸が痛いんですか。しっかりしてください」
あわてながらも、ドラマでは近くに医者の家があったはずだと、今しがた追い払った場面の記憶をふたたび呼び戻した
「まさか……」 と思いながら周囲を見渡して、それこそ心臓が止まるほど驚いた。
道向こうに 『循環器内科』 の看板を掲げた病院が見えたのだ。
驚いている場合ではない、とにかく病人を運ばなければ。
老女の腕を抱えたがとても歩けるような状態ではなく 「失礼します」 と断り抱き上げ、病院を目指し歩き出した。
日曜日で休診だろうが、急患なら受け入れてもらえるのではないか。
もしだめなら救急車を呼んでもらえばいい。
短い距離を歩きながら病人への対応を考えていた私の頭から、珠貴の家へ行くという目的は見事に消えていた。
『休日当番医』 の札が見えたとき、どれほど安堵したことか。
老女を抱えて入ってきた私を見つけた病院スタッフの動きは迅速だった。
行きがかり上患者に付き添うことになったが、それは当然のこと。
倒れた時の状態の説明、ここまで来るあいだの様子など、医師の細かい質問に答えていく。
最後に……「良識のある対応に感謝します」 と言われ柄にもなく照れた。