日曜日の夕方の道は予想以上の混雑ぶりだった。
車は遅々として進まず、これでは約束の時刻に遅れそうだと判断した私は、進路を変え脇道に車を走らせた。
多少遠回りになるが、ナビさえあれば迷うことなく目的地へたどり着ける。
渋滞による時間のロスも取り戻せるだろう。
ナビの音声ガイドを頼りに初めての道を走りながら、先ほどの珠貴とのやり取りを思い出していた。
「これから父に? 急にどうしたの」
「急じゃない、もっと早くこうするべきだった。
体面や体裁を気にする必要なんてなかったんだ」
「待って。突然行くなんて、あの父のことだもの、会わないと言い出すに決まってるわ」
「行ってみなきゃわからないよ」
左手首に目を落とし時間を確認した。
この時間帯なら失礼に当たらないだろう。
「須藤社長がご在宅か、確認してくれないか」
「本当に行くつもりなのね……」
「冗談だと思ったのか。本気だよ。珠貴はここで待っててくれないか」
「……私も一緒に行くわ」
取り乱したあとの顔を見られたくないのか、目を逸らすように横を向いたが珠貴の声はしっかりとしたものだった。
「じっと待ってるなんてできないわ。私たちのことですもの」
「そうだな」
それからの珠貴の動きに迷いは見られなかった。
須藤社長が在宅であるか確認したあと、これから近衛宗一郎が会いたいといっている、都合を聞いてもらえないかと、余計な言葉を挟むことなく母親に伝えている。
しばらく待ったあと電話の向こうから返事があり、電話口を手でふさぎながら返事を伝えてくれた。
「7時からお客さまがいらっしゃるそうなの。
6時のお約束でよければお待ちしていますと、宗一郎さんにお伝えしてちょうだいと母が」
「わかりました。伺いますと伝えてくれないか」
うなずいた顔の珠貴は母親に返事を伝えると電話を切り、嬉しさと不安が入り混じった顔で私を見た。
「一時間しかないのね。父も意地の悪いこと」
「会っていただけるだけありがたいよ。言葉を選ぶ暇もないな、思ったままを伝えるだけだ」
いまさら気取ることはないが、失礼にあたらない程度に身だしなみをととのえる必要がある。
クローゼットに入り腕組みをしていると、珠貴がスーツとシャツをそろえてくれた。
ネクタイはどうする? と聞かれ、君が選んで……と言いかけて言葉を止めた。
仕事の上で大事な場面に挑む時、必ず身に付けるネクタイとカフリンクスがある。
それらを手に取った。
私が選んだネクタイとカフリンクスを見た珠貴は、極上の笑みを浮かべた。
「ネクタイは二年目のクリスマスね。カフリンクスは初めてのプレゼントだったわ」
「このネクタイを締めていくと、必ず良い結果につながる。縁起がいいんだ」
「まぁ、嬉しい。でも意外だわ、あなたでも気にするのね。
非科学的な事は信じない人かと思ってた」
「げんを担ぐってことか? そりゃぁ気にするよ。努力にも限界がある、最後は神頼みだ」
「私も八百万の神に祈りたい気分よ」
それこそ、現実的な面を見せることの多い彼女らしからぬ言葉だった。
「待ってるわね」 と言い残し、珠貴は先に帰っていった。