娘たちは友人であるが父親同士の面識はなく、結歌のお父さまは大学の先輩である丸田会長を通して、私の父に会って話をしてくださったのだった。
「娘は極度の近視でして、近衛さんを他の方と勘違いしたようです」 とおっしゃったそうで、結歌らしいいい訳を思いついたものだと思った。
宗に近づいた女性は人違いをしており、その女性は偶然にも私の友人だと聞き、父の機嫌はたちまち直った。
宗にまた機会を設けましょうと言ったのだから、勘違いによる自分の早合点も認めたのだろう。
その後、宗はまた丸田会長に呼び出された。
出向いた先にいくと、結歌のお父さまも同席していたそうだ。
「せっかく、波多野さんが須藤社長との間を取り持ってくださったのに、丸田会長のおかげで台無しだよ」
「どうしたの?」
「それが……俺と珠貴のことを誰かから聞いて知ったんだろう……丸田会長からこう言われた。
”近衛君、須藤社長のお嬢さんは父親の跡を継ぐと決まっているそうじゃないか。潔く諦めろ。
無理な相手に固執しては君の将来にもかかわるぞ。須藤社長には私から上手く伝えておく、まかせておけ。
そこでだ、波多野君のお嬢さんはどうだ。波多野君なら申し分ない。私が仲人を引き受けても良い” なんて言い出すじゃないか。
それから、結歌さんのお父さんがいかに優秀か長々と聞かされた。まいったよ」
「……どうして、そうなるの……」
冷静に聞き返したつもりの私の声は震えていた。
予想もしない話の展開に体まで震えてきた。
大きな手が私の頭を抱え込む。
胸に押し当てられた耳に、宗の早い鼓動が聞こえてきた。
予期せぬ私の反応に、彼もまた驚いたようだ。
「大丈夫か」
大丈夫よと返したが、心の奥は大きく波打っていた。
父の誤解が解け、やっと前に進めると思ったのもつかの間、丸田会長の出現により、とんでもない方向へ事態が向かおうとしている。
私が 『SUDO』 を継ぐ立場であるとご存知であるから 「諦めろ」 の言葉が出てきたのだろうが、無理な相手に固執するなとは、近衛宗一郎には須藤の娘はふさわしくない、将来の邪魔になると言わんばかりだ。
それにしても、よりによって宗へ結歌を勧めるなんて……
結歌とは初等部から高等部まで一緒だった。
女の子ばかりの学校の中にあっても、親しくなる子は限られている。
とかく女の子は群れをつくりたがるものだが、私も結歌も 「自分の意思で行動する」 という点で同じ匂いを持っていた。
同類は引きあうものなのか、結歌に会った瞬間すぐにわかった。
「彼女は私と同じ」 であると……
ほとんどの生徒が付属の大学へ内部進学するなかで、私も結歌も外部の大学を受験した。
私は自分の実力を試したくてワンランク上の大学を目指し、結歌は難関の芸術学部を目指していた。
見事合格した彼女は、二年後通ったのち大学を休学し、留学のためイタリアに旅立った。
のちに私も赴き、彼女には言葉に言い尽くせないほど力になってもらった。
結歌は私が親友と呼べる人だ。
丸田会長が口にした名前が、まったく知らない人であればこれほど動揺しなかったはず。
もっとも親しい友人の名前を聞かされ、私は自分でも驚くほど取り乱していた。
「珠貴」
「……どうして結歌なの? ねぇ、どうして」
「丸田会長の思い込みだ。波多野局長も、困った顔をしておられたよ」
「あの方、思ったようになさるの。誰も逆らえないわ。
父だって、苦手だと言いながら丸田会長には従っているのよ。
宗はあまり知らないから、そんなこと言えるのよ。
あの方の言葉は絶対なの。誰にも止められないわ」
思考は乱れ冷静に考えられなくなった私は、抱え込まれた宗の腕のなかで体を震わせていた。
力強く抱く宗の腕も、私の心の自由を奪おうとしているのではないか、そんな強迫観念が次から次へと襲ってきた。
「珠貴」 と耳元で静かな声で呼ばれた。
「須藤社長の今夜の予定はどうなっている」
「えっ……急な予定がなければ、在宅のはずよ」
「これからお会いしたい」
低く落ち着いた声だった。