「本当に、優子たちってば素直なんだからなー」
「あはは、確かに遠いからね」
口をとがらせる江里乃を明るくなだめつつ、職員室に向かう。
瀬戸山からの手紙は……放課後でもいいか。
職員室に入って先生に声をかけると、奥からダンボールを2ケース手にして戻ってきた。
「はい、よろしくなー」
手渡されたダンボールはひとつで十分な重さ。
ずしんと乗っかってきて思わず前のめりに倒れそうになった。
「……おっも……」
「ほんっと、台車とかないのかなー、希美、大丈夫?」
慣れているのか、江里乃は呆れながらスタスタと生徒会室に向かっていく。
重すぎて正直話す余裕もない。生徒会も大変だ。
っていうか……。
「生徒会室って、理系コースの校舎、なの?」
「なに今更。そうだよ、ここの3階」
理系コースの校舎であることも困るんだけど、3階という言葉にめまいがした。
この荷物持って……階段で上がるんですか……? なんで職員室は1階なの。なんでエレベーターがないの。
いや、それも困るけど、理系コースで瀬戸山に会ったりなんかしたら……!?
挙動不審になりながら理系コースに足を踏み入れる。
江里乃がなにか話しかけてきたけれど、「うん」とか「あー」とか返事するだけで、内容は全く頭に入ってこない。
重すぎて手がどうにかなってしまいそうだけれど、足を止めるわけにもいかない。
「……も、とうか?」
階段を必死で登っていると、頭上から嫌な声が聞こえた。
もちろん、私に話しかけているわけではない、はず。
片足にダンボールを支えつつ見上げると……やっぱり、瀬戸山。
タイミング悪すぎて泣けてくる。重いししんどいし。
少し様子を伺うような、らしくない態度は、私が“話しかけないで”と手紙に書いたせいだと思う。
どうしようどうしよう。
ああ、あの手紙から“どうしよう”って毎日なんかしら悩んでいるような気がする。
ああ、どうしよう。
瀬戸山がぽろっとうっかり手紙のことを口にしてしまったら。正直者の彼が隠せるとは思えないんだけど……。
ちらっと江里乃に視線を向けると、意味がわからなかったのか首を傾げていた。
「あ、重そうだし……」
「え? ああ、大丈夫、ありがとう」
さらりとかわす受け答えに、胃がキリキリ痛み出してきた……。
瀬戸山はというと、呆然と突っ立っていて、私を置いたまま階段を登る江里乃は彼の横を気にする様子なく通り過ぎる。
「ほら、希美、早くしないと昼休み終わっちゃうよ」
「あ、は、はい!」
ちらちらと瀬戸山に視線を動かしつつも、江里乃のあとを追いかける。
……ご、ごめんなさい。
なんとかして、彼を元気にさせるような返事を書かなくちゃ、と心にメモをした。
そしてもう一度“ごめんなさい”と心のなかで土下座する。
「さっきの」
「え?」
生徒会室につくまでなにも言わなかった江里乃が、ダンボールを机に置くとぼそりとつぶやく。
疲れた手をぐーぱーしながら振り返ると、「多分、たまたまだよ」と言った。
意味がわからなくて「なにが?」と聞き返すと、気まずそうな顔で私を見る。江里乃がこんな顔するなんて珍しいな。
「瀬戸山、の」
瀬戸山の名前に思わず「え!?」とちょっと大きめの声で反応してしまったけれど、すぐに意味を理解して、小さな声で、ああ、と返した。
「まだ誤解してるの? 本当になんでもないから」
あはは、と明るく言ったけれど、江里乃はまだ笑わない。
私が瀬戸山を好きだと思ってるから、さっきの瀬戸山の態度によって私がどう思ったのか心配してくれたんだろう。
「ほんとに?」
「ホントだよ、ホント」
笑いながら口にしたけれど、どこか気持ち悪さを感じる。
それを悟られることがないように、大げさに「そんなわけないじゃん」とケラケラと笑ってみせた。
いつも、みんなの話に合わせて適当に笑っている自分みたいに。
「あんな人気者好きになるなんて、あり得ないよ。私が江里乃みたいに可愛かったら話は違うけど」
「そんなことないって」
「それに接点もないんだから好きになりようもないじゃない。江里乃ってば、思い込みが激しいよ」
チクチクチクチク。
言葉にしていることはウソじゃないはずなのに、口にするたびに胸がかすかに痛む。
おかしいな、そんなはずないのに。
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俺の好きな音楽って
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みんなあんま知らねーんだよな
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一回だけお昼に流れたやつ
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俺デスメタル好きなんだけど
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知らねえよなー
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え?本当に!?
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私もデスメタル好きだよ!
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あんまりみんな知らないよね
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マジ!? なんか意外だなー
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じゃあ前にかかってたのも
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松本のリクエストだったんだ
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俺実はあれ、すげー好きな曲
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やってしまった。
なんってバカなんだろう私は……。数日で忘れて普通に返事を書いてしまうなんて。
返事を取りに行って、すぐさま人通りの少ない階段の踊り場の壁にもたれ掛かってノートを捲った。そして“松本”の名前を見た瞬間我に返る。
素で返事をしてしまったことに今気づくって、どれだけ忘れっぽいの私は……。
あまりに、嬉しくて。
デスメタルが好きな人に、初めて出会ったから、思わずうれしくて我を忘れてしまっていた。そのくらい、返事を見たときは嬉しかった。
理系コースで声をかけられたことを忘れるくらい。
「フォローしようと思ってたのに、それも忘れてたとか」
はあっと自分の馬鹿さに呆れてため息をこぼしたけれど、幸い彼は気にしてないみたいだ。返事を見る限りは。
でも、字を見るとなんとなくわかる。
デスメタルが好きなんて、なかなかいない。しかも前に私が流した曲は洋楽のデスメタル。知っている人に出会ったのも初めて。それはきっと瀬戸山も一緒だと、思う。
文字を見るだけで、ちゃんと見たこともないのに瀬戸山の笑顔が見える。
嬉しいと、思った、と思う。
私と同じで。同じことで、同じように、嬉しいと思ったんだ。
今、まだ嬉しい気持ちがあるのは……趣味が同じだったから。そう、きっとそれだけ。
ぱたんとノートを閉じてポケットに忍ばせて教室に戻る。
口元が緩んでいる気がして、手で隠しながら。
「あ、帰ってきたー希美!」
教室に入るなり、テンション高めの優子の声。
やましいことがあるからか、思わず一歩引いてしまった。ノートの入ったポケットに手を添えながら。
「な、なに?」
「なにじゃないわよー! どこ行ってたの、帰ったかと思った!」
ずずずい、と近づいてくる優子にもう一歩引いてみる。
「まさか。まだホームルーム残ってるのに」
「希美ふらっとどっか行くからー。今日は合コンよ合コン。ホームルーム終わったからって姿消さないでよー」
「ん、わかった」
そう言えば今日だっけ。
昨日も言われたのに、毎回忘れている自分に驚きつつも、それを悟られないように笑う。
合コン、かー。
今となってはとりあえず何でもいいから断っておけばよかったかなあ。
正直、瀬戸山のことだけで頭がいっぱいだし……。手紙のやりとりでほかのことを考える余裕もない。
出会ったところでどうなるとも思えないんだけどな。
まあ、今更断れるはずもない、か。
相手がどんな人たちかわかんないけど、それなりにやり過ごさなくちゃ。
うきうきとテンション高めの優子たちを見ながら、私もとりあえず楽しみなそぶりを見せた。
にこにこ笑って「楽しみだね」って、思ってもないことばっかり口にする。
ホームルームが終わって、優子に連れられて駅に向かう。
女の子は4人。相手も4人だろう。
「待ち合わせ? 同じ学校なのに?」
友達のひとりが不思議そうな顔をして優子に問いかける。
その言葉に初めて相手が同じ学校の男子なんだと知った。
同じ学校なのに、なんで合コンなんて……。
「相手、1時間くらい遅れるから先にファミレスかどっかで待っとくの」
「あーそっかー。そう言えば終わる時間違うもんね」
ふたりの会話に、ふと足が止まる。
……同じ学校で、授業が終わる時間が私たちと違う、ってこと、は。
え? え? もしかして?
「どうしたの、希美」
「え、と、相手ってもしかして、理系、コースの子たち?」
「そうだよ? 言ってなかった?」
立ち止まった私の問いかけに、優子が首を傾げる。
ほかのふたりも知っているような口振りだったから、私だけが聞いてなかったんだろう。
っていうか、え? ちょっと待って、理系コースなの? え?
「誰、が来るの?」
「えー、そんなの秘密だよー! 楽しみにしてて!」
にやりと笑った優子は楽しそうに軽い足取りで進み始めた。
……楽しみに、できないんですけど。
ちょっと待って待って、瀬戸山が……来るとか、ないよね?
理系コースなんて2クラスしかないし、ほとんどが男子だし、瀬戸山は江里乃が好きだし。好きな人がいるのに合コンに来るようなこと、しないよね。
確率的には低いけれど、相手が理系コースの男子とだって知っていたら絶対参加しなかったのに。