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  友達から、なら…。
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  でも、噂とか苦手だから
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  今は手紙だけでもいい?
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  ちょっと気になったんだけど
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  私の名前、知ってる?
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次の日も朝早く学校に来て、家にあったメモ用紙に書いた返事を靴箱にそっと置いた。

いつもはルーズリーフだったけれど、薄ピンクのメモ用紙だからか、“手紙のやり取り”をしている感が増して、朝から胸がうるさいくらいだった。


別に、付き合うわけじゃない。
ただの友達。しかも手紙だけの友達。


……あんな条件付きで気を悪くはしないだろうか。


そう思うけれど、これが今の私の精一杯の素直な気持ちだから、やっぱり外せなかった。

手紙だけのやりとりで、瀬戸山のことを知ることができるかどうかもよくわからないけど、それでも、このまま終わってしまうよりもいいと思ったから。


少しずつ、彼を知るくらいでちょうどいい。
私には。


噂になるのはやっぱり嫌だし、そんなふうにからかわれたら、瀬戸山を知る前に逃げ出したくなってしまうかもしれない。

誰もいない教室の自分の席に腰を下ろして、窓から見える景色を眺める。


まだ、トクトクという自分の心音が聞こえる。
気を抜くと口元が緩むのがわかる。
頬がほんのりと赤くなっているような気がする。


あの手紙に、瀬戸山はなんて返事をくれるだろう。

最後に疑問符をつけたのは、内容に気を悪くしても返事がもらえるとおもったから。なんでもいいから、反応が欲しいと思ったから。




期待通り、瀬戸山はその日のうちに返事をくれた。
放課後の相談ボックスには、小さな手のひらサイズの真新しいノートが一冊。

投函口に入るサイズをわざわざ選んだのだろう。見たことがあるから、今日売店で買ったばかりのノートかもしれない。

ぺらりとめくると、1ページ目に瀬戸山の文字があった。




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  わかった
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     これから、よろしく
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  名前くらい知ってるよ(笑
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       松本 江里乃だろ?
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    2冊目 黄色いウソ




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  前のノート見た?  
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    返事ほしいんだけど
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ノートの隅っこを切り取ったメモに、約1週間悩み続けている問題がドシンと私の背中に乗っかるのを感じた。


……見ましたとも。
その日のうちに、間違いなくノートを受け取って、内容も確認した。

だからこそ、返事ができないんです。

そんなこと、瀬戸山は知るはずもない。私が無視をしているか、それともノートに気づいていないかどっちだろうと思っているくらいだろう。


“松本 江里乃だろ?”


……だって私は、江里乃じゃない。

違います、と今更どう伝えればいいの。

友達から、なんて返事をしてしまったのに、人違いですなんてとてもじゃないけど言えない。

かといって知らんぷりしてこのままやりとりを続けるなんてもっとできない。


……どうしてこうなってしまったのか。


はじめから名前なんてなかった。そのときに聞けばよかった。“私宛のものですか?”と、ちゃんと確かめたらよかったんだ。


チャイムの音ではっと顔を上げると、先生が「じゃあ今日はここまで」とチョークを置く。

気がついたら1時間の授業が終わってしまった。
今日も全く頭に入らないままだ。


「最近どうしたの?」


悩みすぎて体が重い。
けれどそんなこと告げることもできずに「ちょっと、寝不足かな」と心配して声をかけてくる江里乃にへらっと笑った。

あれから、江里乃の顔を直視できない。

席を立って、放送室に向かおうと出て行く途中、ちらりと振り返ると私が座っていた席に座って、江里乃が私の荷物をまとめてくれていた。


……なんてバカなんだろう、私。


憂鬱な気持ちが少しでも吹き飛べばいいのに、といつも以上に激しいロックを流しながらメモを見つめた。そして、こっそり持ち歩いているノートを開く。

いつもよりも急いで書いたような字。
この返事を書いたとき、彼はうれしかったりしたのかな。喜んでいたのかな。

あんな一方的な返事だったのに。
そのくらい、好きだったんだろう。好きなんだろう。


江里乃のことが。


……おかしいと思ったんだ。
だって、あの瀬戸山が、この私を好きになるなんておかしいんだから。

接点がなさすぎる。そんなことはじめからわかっていたのに……。


なにかのきっかけで、瀬戸山はこの様子を見てあの席を使っているのが私ではなく絵里乃だと思ったんだろう。

勘違いしてもおかしくない。私は授業が終わると誰よりも早く教室を出て行っていて、江里乃が私の席の荷物を教室まで持って行ってくれていたのだから。


誰が見たって、あの席を使っているのが江里乃だって思うはずだ。

あの日、靴箱で私に話しかけようとしてきたのも、江里乃の友達だからだろう。いつも一緒にいたから、江里乃を見ていれば私のことを知っていてもおかしくない。

江里乃のことを聞きたかったのかもしれない。

放送室の前で会ったとき、あんなに顔を赤くしたのは、ただ単に手紙がばれたかと思ったんだろう。


「どうしようー……」


机にうつ伏せになってひとりぼやく。

こんなことなら手紙を無視したらよかった……。
初めてのラブレターにちょっと調子乗ってしまったんだ。


でも、無視できなかった。
あの表情や態度が私に向けられているものだと思うと、嬉しかったんだもの。

現に今、誤解してしまったこと、誤解させてしまったことに悩む気持ちもあるけれど、それ以上にがっかりしている自分もいる。


「最低すぎる、私……」


ここ1週間同じことばっかり思っている。

でも、いつまでも逃げているわけにはいかない。
返事を書こうとペンを手にして、ノートを広げて力を込める。

けれどどうしても書き込むことができない。


今日受け取ったメモを手にして、そちらに返事を書き込んだ。


“ごめんなさい、勘違いしていました。私は江里乃ではないので、このノートもお返しします。本当にごめんなさい”



胸が痛む。ヒリヒリと傷んで無性に泣きたくなる。泣きたいのは瀬戸山の方に違いないのに。


「ごめんなさい」


聞こえるはずもないのに小さくつぶやく。
悪気はなかったんです、ごめんなさい。

新しいノートはそのまま閉じて、中にメモを挟んだ。

このノートは、瀬戸山が江里乃と言葉を交わすためにわざわざ買ったもの。それに私が書き込むなんて、できない。

お弁当を片付けて、いつもより少し早めにお昼の放送を切り上げる。
鍵を返して、時間を確認するとすぐに靴箱に向かった。

返事は早いほうがいい。1週間も待たせてしまったのだから。


ノートを見られないように抱きしめて廊下を歩く。

まだお昼休みだからか学生が何人かいたけれど、靴箱のあたりは多分……少ないはずだ。タイミングが合えば、うまく返事を渡すことができるかも。


足音を忍ばせて、理系コースの靴箱を覗きこんだ。

誰もいませんように……、という私の祈りは見事に、これでもかというほどぶち壊される。
人影。それも……ただの人じゃない。

……なんで! ここにいるの!

自分の靴箱を覗きこむ瀬戸山の姿に、口から心臓どころじゃなくて臓器全部が出てくるかと思った。

瞬時に物陰に隠れたけれど、心臓の音が激しすぎて靴箱に響き渡っているからばれてしまうかもしれない。

耳のすぐそばでドッドッドッドと今までないほどの心拍音が聞こえる。


なんで、なんで今、こんなところに瀬戸山が!
タイミング悪すぎる。

手元のノートをもしものためにお弁当箱の入る巾着に押し込んだ。
このまま立ち去るしかない……。さすがに本人に“今まで手紙のやり取りしていたのは私なんです”と伝える勇気はない。

実は私でしたーって今ノートを返したところでお前誰だって思う。私だったら思う。

目の前で罵倒されるのも怖いし、落ち込まれるのも対応に困る。