自分のことを言われているのかと思うと、笑顔も引きつってきた。
これが私のことだとバレたら……どうなってしまうのか。


……こうして考えると、あの人からの告白を断ろうとしている私って、ものすごい身の程知らずなんじゃないかと思えてきた……。


何人かの女の子を振ってきている瀬戸山だよ?
私が瀬戸山の告白を断ったとか知られたら……女子に総スカン食らってもおかしくない!


「まあそれでも1年の女の子は引かなかったんだけどね。かわいかったし」

「うわーすごい。押すねえ」

「ほんと、すごかったよ。“付き合ってないなら、私ととりあえずでも”って。でもさすが瀬戸山“俺のこと好きって言ってくれた人に、そんなことできない”って! もうなんなのかっこよすぎじゃない?」


——『好きな子がいるから、それは君じゃないから、悪いけど無理』


なんて、直球なんだろう。
話を聞いただけで、瀬戸山が誠実なことがわかる。目にした優子たちが興奮するのも当然だ。


「最後は女の子泣いちゃったんだけどね、その子をおいて立ち去る瀬戸山のかっこよさよ。思わせぶりなことはしないんだから、にくいわー」


曖昧に、断るだけじゃなくて、はっきりと真実を口にする。

誰も彼もがそうして同じような印象を相手に与えるとは思えない。けれど、彼はそんなの関係なく嘘偽りなく相手に告げる。


“好きだ”
“どういう意味?”
“ずっと気になってた”


ぼんやりと瀬戸山からの手紙を思い出す。
彼の、嘘偽りのない言葉たち。


その返事に、適当に濁した言葉で伝えることが、ひどく失礼に思えた。





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  ありがとう
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  でも、やっぱり私
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  瀬戸山のことよく知らないから
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  ごめん
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  放送委員以外は見ないから
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  大丈夫だよ
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土日に下書きまでして何度も返事を考え、何度も書き直し、素直な気持ちを言葉にした。

これでいいのかよくわからないけど……はっきりした返事ができたんじゃないかと思う。嘘偽りなく、これが私の気持ち。

嬉しい気持ちもある。
だけどやっぱり、じゃあお付き合いしましょう、なんて無理だもの。


いつものように、まだ誰も学校に来ていないだろう朝早い時間、きょろきょろとあたりを見渡しながら瀬戸山の靴箱に手紙を入れた。


教室に戻りながら、深呼吸を繰り返す。
誰にも見られていませんように、と祈りつつ。


そして、瀬戸山が傷ついたり怒ったりしませんように、と。


きっとこれで最後になる。最後の手紙。きっと、絶対返事は来ないだろう。


「ちょっとだけ、残念だけど」


ひとりきりの廊下でぽつりと本音を漏らして、自分で苦笑した。

瀬戸山と関係ができたら、毎日落ち着かないだろう。みんなはきっと私のことを見てくるだろうし、隣に瀬戸山が立っていたとして並んで歩くなんて、緊張と戸惑いで会話なんてできそうもない。


手紙だけでいっぱいいっぱいなんだから。


でも、あり得ないような現実は、ほんの少し夢みたいで、困ったし大変だったし、すっごく悩んだけど、終わってしまえば少しくらいは楽しいと思っていたかもしれない。

ほんの少しだけ、瀬戸山に興味も出たし。


多分……返事は……ない、よね。
いや、瀬戸山なら……今までのことを考えると気は抜けない。





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  じゃあ、俺のこと知ってほしい
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  付き合ってほしい
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  放送委員には見られるんだ(笑
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  ダメだろそれ
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だから、なぜ、こうなるんですか。


いや、予想はしてた。


瀬戸山のことだから、今までの返事からして“なんでだ!”と思うようなことばかりだったのだから、もしかしてもしかすると、とは思っていた。

だからこそ、返事をした日にはこまめに人の目を盗んで放送室の相談ボックスを覗いたし、靴箱を開けるときも入っていたらまずいと誰にも見られないように気をつけた。

もちろん、瀬戸山と顔を合わすとまずいと、電車の時間も1本早めた。


だから、水曜日の今日だって机の中をいの一番に探った。
そして見つけた手紙。

なにが書かれているのか、なんて言われるのかとドキドキしつつ開けば、この内容。

なんで! 付き合うとかいう発想に至るの!


“付き合ってほしい”


「……っう……」


直視すれば、顔に熱が帯びる。
“好きだ”と書かれたあのとき以上に、言葉に重みがある。ダイレクトに瀬戸山の気持ちが伝わってくる。


肘をつくふりをしながら、多分真っ赤に染まっているだろう自分の顔を隠した。


なんでこう、真っ直ぐな言葉で伝えてくるんだろう。
恥ずかしくならないのかな……。受け取った私が恥ずかしくてたまらないんだけど。


“俺のこと知ってほしい”


知ってほしいと言われても……。

知るために付き合うの?
それでダメだったら……別れるってことでしょう? 私から告げられるはずがない。

そもそも瀬戸山だって私のすべてを知っているわけじゃないだろうし。瀬戸山から別れたくなる可能性だってあるのに。

付き合ったらそれこそみんなに注目されるのは目に見えていて、みんなにあれこれ聞かれるだろう。
付き合ったきっかけとか、どこが好きだとか、付き合ってどんなかんじだとか。

今まで誰とも付き合ってない瀬戸山が相手だもの。


そして別れたら……。


考えたくない。思い出したくない。
矢野センパイと付き合って別れたときみたいになっちゃうんだろう。


3週間連続で憂鬱な気持ちのままお昼の放送時間になった。


何度見ても返事が変わるはずもない。


「ほんとに、付き合いたいの……?」


ひとりで手紙に問いかけても、誰も返答をくれない。
当たり前なのだけれど、はーっとため息を落として頭を抱える。

こんな気持で放送しているなんて、どこかで聞いている瀬戸山は思ってもみないだろう。


……っていうか。
瀬戸山って私が今日の放送していること知ってるのかな。

一応はじめに“黒田です”って名前を告げているんだけど……この手紙を見ると、放送いいんであることも知らなさそう。


“放送委員には見られるんだ”


相談ボックスなんて、みんな毎回チェックしていない。毎回どころか見たことない人のほうが多いと思う。

見られる可能性は確かにゼロじゃないけど、私が放送委員だってことを知ってたら、こんなこと言うかな?


……もしかして……私の名前、知らないんじゃ……。

まさかー。いや、それはない。ない……ない?

告白から今まで受け取った手紙に、私の名前が書かれていたことはない。
さすがに名前を知らない、なんて考えたことなかったけど、これあり得るんじゃない?

だって話したこともないし、接点もない。
名前を知らなくても不思議じゃないよね。

私だって、瀬戸山のフルネームは知っていたけど、それは瀬戸山だからだ。瀬戸山以外に理系コースで名前を知っている人なんていないもん。


名前知らなくて前から気になってたとか……ありなの?


「どっちにしても、断るしかないよね……」


知ってるか知らないかは、この際どっちでもいい。
気にはなるけど、それは置いといて。

単刀直入に付き合ってほしいと言われたからには、それに対してのイエスかノーかを伝えなくちゃいけない、よね……。

白黒はっきりさせるのは苦手なんだけど、そうも言ってられない。


「よし」と小さく気合を入れて、彼の手紙の下に、いつもよりも少し丁寧な文字で“ごめんなさい”とだけ書いた。


……これでいいのかわからないけど……。
ちゃんと“お付き合いはできません”とか書いたほうがいいのかなー。

それだとちょっと冷たくない? そっけないかな。傷ついちゃったりしない?


お断りするのも難しいな。

ラブレターは初めてだけれど、告白されたことだって一度しかない。しかもそのときは断りきれずに付き合うことになった。


そう考えると、瀬戸山はすごいなと思う。

面と向かって勇気を出してくれた人に、自分の気持ちを伝えることができるなんて。相手の女の子が泣いたとしても。

「悩んでも仕方ないか」


瀬戸山を見習って、相手の反応を考えることをやめて、このまま伝えよう。
ごめんなさい、で十分だ。

ちょっと胸が痛むけれど……言いたいことはどんなに悩んでも変わらないもの。


お昼の放送の締めの言葉を告げてから、電源を落とした。


「——っわ!」


ドアを開けた瞬間に叫び声が聞こえてドン、と誰かにぶつかる。

職員室の近くとはいえ、あまり人が通らないことに油断して気をつけてなかった。


「あ、ごめんなさ、……い」


慌てて顔を上げて、思考が停止した。
目の前の……瀬戸山が驚いた顔で私を見ていたから。

な、んで、こんなところに!?


「あ、いや……わ、りい」


片手で口元を隠しながらそっけなくそう告げて、逃げるように踵を返した。

でも、見えた。
瀬戸山の顔が、ほんのりと赤く染まっていた。

なにあの顔。なんで、あんな顔を……。
釣られて私の顔も熱くなって、頬に両手を添える。不意打ちにも程がある。突然現れて、あんな顔を見せるなんて。


彼でも、あんなふうに赤くなったりするんだ……。


背中を見つめながら、不思議な気持ちがむくむくと膨らんでくる。
今、どんな顔をしているんだろう。

「あーいた、セト!」


瀬戸山の向かう方向からひとりの男の子が顔を出して声を上げる。


「探してたんだよ、次の授業さー……って、なに赤くなってんのお前」

「なんでもねえよ。なんだようっせーな」

「は? なに? なにテンパってんの。なにがあったんだよ」


ケラケラ笑いながら突っ込む友達に、瀬戸山が邪魔そうに手を払う。
思わずじっと眺めていると、不意に瀬戸山が振り返って私の視線とぶつかった。


友達が突っ込みたくなるくらい真っ赤な顔は、少し離れた私にもわかる。


ぱっと視線をはずされたけれど、私は目をそらすことができなかった。


なんで、そんなに赤くなるの。そんなキャラじゃないじゃない。そんなキャラだなんて、知らなかった。

好きなわけじゃないのに、意外な一面を見たせいで、胸が苦しい。


瀬戸山が友達と話しながら去っていくのをずっと見つめていたけれど、瀬戸山はもう振り返らなかった。


……でも、なんでこんなところに?
理系コースとは校舎も違う。職員室に用事があったとしても、放送室の前を通ることなんてないはずなのに。

もしかして。

扉の前にある相談ボックスが目に入って、手にとって振ってみるとカサカサとなにかが入っている音がした。

この前、瀬戸山から手紙を受け取った。
他になにも入ってなかったし、この数日で誰かがなにかを入れたとも考えにくい。


もしかして。

背中のフタを外して、中に入っていた紙を取り出した。
小さく折りたたまれたルーズリーフ。

ドキドキするのはどうしてだろうと自分に問いかけながら、それをゆっくりと開く。