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ごめんなさい
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もう、これ以上ウソにウソを重ねたくない。
昨日の夜、やっと決意をしてこの一言だけを小さな文字で書いた。
瀬戸山の靴箱にそっと、手紙を入れる。
……本当は交換日記に書こうと思ったけれど、どうしてもあれには書けなくて……ノートの切れ端を入れた。
手元に残った交換日記のあいだに、そっと挟んで、一緒に返す。
……こんな、ウソで出来ているような交換日記いらないかもしれない。
できれば、私が思い出にもらいたい。
でも、私が持っているべきものじゃない。
やめよう、もう。
そう決意して書いたのに、まだ手が震える。まだ、迷っている自分に、自分で嫌になる。
パタン、と勢い良く扉を閉めて目をぎゅうっと瞑る。
そう、これでいいんだ。
こうしなくちゃいけないんだ。
あんな一言の謝罪で、許されるなんて思っていない。
最後までずるいのは自分でわかっている。『ごめんなさい』とだけしか書かなかった。私の名前は入れなかった。
手紙の相手が誰だかバレていないのをいいことに、自分から告げることをしないなんて。
「最低……」
ふっと自嘲気味な笑みが溢れる。
それと同時にポケットのスマホが震えて、メールの受信を私に知らせてくれた。
差出人は瀬戸山。
『もう体調大丈夫か?』
昨日のウソを信じて、心配してくれている。
この関係を、どうしても、失いたくないんだ。
たとえ、友達のままだとしても。瀬戸山が江里乃のことが好きだとしても。
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ふざけんな
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3時間目の選択教室のテスト。
瀬戸山のクラスに入って、席に座りそのメモを見つけた。
泣きたい気持ちでいっぱいで、テストには当然集中できないままチャイムが鳴り響く。
せっかく、瀬戸山に数学教えてもらったのに……多分散々な結果になっただろう。
涙をこらえながら机の中にしまった教科書とノートを取り出した。
さすがにテスト期間中は、机の中はすっきりと片付けられている。いつもはぎゅうぎゅうに詰め込まれているのに。
……まるで、初めて瀬戸山からの手紙を受け取ったときみたい。
あのときは告白だったけれど、今回は——拒絶。
自分のずるさがバレてしまった気持ちで、恥ずかしく、逃げ出したい気持ちになった。
「……っ」
思わず涙ぐんでゴシゴシと慌てて目をこすった。
そして……視界に飛び込んできた机の中の、落書き。
油性マジックで、小さな文字で書かれている。
“なんで我慢しなきゃなんねーんだよ”
“なんでやりたいことができないんだよ”
そう、書かれている。
そしてその下に、ボールペンだろうか。細い文字で、もう今にも消えてしまいそうなくらい薄く、コメントが残されていた。
“今は無理かもしれないけど、いつか、思う存分出来るといいね”
——思い出した。
ぼんやりだけれど、多分これを書いたのは、私だ。
この席に座って間もない頃だったような気がする。
ただ、これを書いたときの自分の気持はわからない。でも、今も同じようなことを言っているから、なんとなく、残しただけだろう。
悩んでいるのが伝わってきたから、なにか反応をしてみたくなったんだ。
相変わらず、彼の悩みに明確な答えも、アドバイスもできていない。
ただ、少しだけでも、彼の気持ちを楽にできたらいいなと、思った、んだと思う。
私も忘れているようなこんなコメントが、瀬戸山にとって多少なりとも記憶に刻まれるようなものだったなんて。
これを見て、瀬戸山は……わざわざ誰かを探しだしたんだ……。
そして、この席に座っているのが、江里乃だと思ったんだろう。
私はいつも、誰よりも先に教室を出て行っていて、代わりに江里乃が私の荷物をここで、まとめて持って行ってくれていたから。
ねえ、もしも。もしもこれを書いたのが私だってわかったら、私を……好きになってくれたのかな。
江里乃を見て、好きになったように……私のことを、好きになってくれたのかな。
そんな、たらればのことを考えて自分を慰める。
余計に虚しくなるだけなのに。
「……希美?」
近くに江里乃がやってきた。
俯いたままの私を心配するような声色に……涙が止められなくなる。
「ちょ、ちょっと!? え、っととりあえずほら、教室、教室戻ろう!」
「えりのぉ……」
私の涙に気づいた江里乃が珍しく慌てながら私の手を引く。
私が泣いているのを周りに見られないように、私を隠しながら。
辛い。どうしたらいいんだろう。
正直に言うこともできなくて、かといってウソをつき続けるほど強くもない。ただの弱虫。
江里乃に引かれながら歩いて、最上階の踊り場で立ち止まった。
「ここなら、誰も来ないから。どうしたの?」
くるりと私のほうに体を向けて、私を覗きこむ江里乃。
涙はまだ止まらない。
「……きら、われたかも」
ううん、実際にはわからない。
瀬戸山は私だってわかってないのかもしれない。
だけど手紙は間違いなく“私”に宛てられたもので、今まで交換日記を続けていた“私”は嫌われたんだ。
いくら……瀬戸山が私に話しかけてきてくれても、それを無視して話をし続けるなんて……私にはできない。
江里乃の偽物の私も、私に違いないんだから。
ウソばかりの私だったけれど、それでも。
「私が……ウソつきだから……」
江里乃はただ黙って私の言葉に耳を傾けてくれる。
口にすると余計に止まらない涙が、私の顔を濡らした。
「……どうしたら、いいのか、わか、んない……」
怖くて一歩も踏み出せない。動けない。
どっちつかずなことばかりして、ふらふらしてきたから、こんなことになるんだ。
周りの顔色ばかりを伺って。
はじめから手紙で私じゃないって伝えたらよかった。そしたらこんなに苦しくなかった。
あのときに席を使っているのが私だって伝えていたら……。
違う、そうじゃない。そんなこといまさら考えたってしかたないんだよ。
瀬戸山はたくさん嬉しい言葉をくれたけれど、私はやっぱり、ただ自分の意見が言えない弱虫なだけ。瀬戸山が思ってくれるような私も、ウソなのかもしれない。
前と一緒だ。
矢野センパイに別れを告げられたときと、一緒。
これ以上嫌われるのが怖くて、なにも言わなかった。
わかっていたのに気づかないふりをした。言われる言葉だけを受け止めるだけ。
……私はまた……同じことを繰り返すんだ……。
「私は、希美のことウソつきだとは思わないよ」
「……ウソつきだよ。自分の意見を言わず、相手に……合わせているだけ」
「それはウソつきじゃないよ。それに、ウソつきは自分のことをウソつきだって、言わないよ。希美がウソつきだとするなら、今、ウソつきだって、言っていることかな」
クスクスと笑う江里乃に、ちょっとだけ涙が止まって、スン、と鼻をすすった。
「無理してるのかなーって思ったことはあるけど、ウソではないでしょ? 希美はいつも、どっちかというと素直だったよ」
「……そんなこと……」
「それがウソだとしても、私は希美のつく、ウソは優しいと思う」
江里乃が階段に座り込んで、私にも座るように促した。
遠くでチャイムが鳴ったけれど、私も江里乃も聞こえないかのように隣に並んで話を続ける。
「確かに……流されやすいところはあるけど……それでも、希美って人を悪く言わないの。私が誰かの愚痴を言っても、絶対同じように合わせたりしない。そういうところ、すごいなって思うよ」
そのまま、江里乃が私のことを教えてくれた。
“ウソは言っててもわかりやすい”
“人を傷つけるウソは絶対に言わない”
“人の気持を優先してくれていただけ”
……そんなの、買いかぶりすぎだよ。
そう言いたかったけれど、江里乃が自信満々に「ね?」と私に笑いかける。
「希美が自分のことをどう思っていたって、私はそう思っている。それでいいんだよ。私が思ってるんだからそれが正解なの!」
「……ふふ、なにそれ……」
思わず笑ってしまうと、江里乃も同じように笑ってくれた。
「私……江里乃に嫉妬してたの……ずっと、羨ましかった……」
「なにそれ。私のほうが希美に嫉妬してたし。私敵も多いんだけど、希美はみんなに好かれるじゃない。あーでも、希美もたまにはガツン! と意見言えばいいのに! とは思ってたけど」
「……私も、江里乃もうちょっといい方変えたらいいのにって、思ってた」
いつの間にか涙も止まっていて、江里乃と笑い合うことができていた。
……さっきまであんなに苦しかったのに。
「でも、ウソつきだって思うなら、それが辛いなら……楽になってもいいんじゃない? 大丈夫だよ、みんな、希美のことわかってるから。少なくとも、私は、そんなことで希美を嫌いになったりしないよ」
「……ありが、とう」
力なく笑って、ぼんやりと前を見つめる。
涙はもう、出てこない。
そろそろ行こうか、と江里乃が腰を上げて、私も同じように立ち上がりスカートを払った。
教室に戻ると、もうすでにショートルームが終わっていて、私と江里乃の姿に優子たちが驚きながら駆け寄ってくる。
「どこ行ってたの? 先生探してたよ」
「わーマジで? ちょっと息抜きしてた」
待っていてくれたのかな。
優子が私を見て、ちょっと首を傾げながら「ま、たまには息抜きも必要よね」と笑顔を見せる。
……きっと、目が真っ赤だ。
優子もきっとそれに気づいた。だけど、なにも言わずに、気づかないふりをしてくれる。
優しいウソが、すごく、嬉しい。
「あのね……」
さー帰ろう! と荷物をまとめるみんなに、小さな声で呼びかける。
振り返るみんなの顔を見て、ごくりと、唾を飲み込んだ。
「ホントはね……お昼の音楽、私の趣味なの」
ずっとウソついてたの。
今思えば隠すようなことでもなかった。笑って言えばよかったのかもしれない。
怖くて、曖昧に笑ってウソをついたから、何度も何度も同じウソをつき続けた。
自分でかってにウソをついたのに、その話題になるのが苦しいとさえ思っていた。
なんて、自分勝手だったんだろう。
「ロックも、デスメタルも、私が、好きだから流してたの……ごめ、ん」
なんてばかなことを。
そう思うと虚しくてまた涙が浮かぶ。
怖くてみんなの顔を見れず俯いていると、優子が「なんでそれ早く言わないのー!」と急に叫び声を上げた。
「え、え?」
「ちょっとバカにしちゃったじゃない! 希美が好きだってわかってたらあんなこと言わなかったのにー! あ、でも私のせいか。余計言い難くなったよね、ごめんー!」
「ぶは、あははははは!」
優子の突然の謝罪に、目をぱちくりさせていると江里乃が豪快に笑い始める。
え、なに。
どういうこと? どういうことなのこれ。
「私は気づいていたけどね。希美の趣味だろうなあって」
「え!? マジで!? なんなの私達が鈍感みたいじゃない!」
「そういうことだけど?」
呆然と立ち尽くす私を置いて、みんなが盛り上がる。
え? こんなので、いいの?
「楽になった?」
クスっと江里乃が私を見て笑う。
ああ、本当だね。
今までなにに怯えていたんだろう。こんなにも、簡単なことだったんだ。
ううん、もしも、好きなことを知った上で否定されていたとしても……気にするようなことじゃないのかもしれない。
いくつかのウソが、すっとなくなって急に体が軽くなった。