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    1冊目 赤い、告白




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   好きだ
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           瀬戸山
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息が止まるかと思った。
そのくらい“これ”は衝撃的なものだった。


「いた、ずら……?」


首を傾げて呟いてみるけれど、誰かが答えてくれるはずもない。

教壇で授業を行っている先生は、今日、私が机の中にラブレターを貰っただなんて思ってもいないだろう。


私だってこんなものをもらうとは思ってなかったんですけど!


いや、落ち着こう。考えよう。落ち着け、落ち着け私。



ここは理系のクラスの教室。

移動教室で私はたまたま、週に1回、この教室のこの席に座っているだけ。

となると……これが私宛とは考えにくいんじゃないだろうか。


しかも、相手は瀬戸山だ。あの、瀬戸山。
文系クラスの私でさえ顔と名前を知っているあの瀬戸山。

確か先週隣のクラスの女の子が告白して振られたとか、前回の1学期の期末テストでは数学と科学は学年1番だったって噂で聞いた、あの瀬戸山。


そう、あの瀬戸山が私なんぞにこんなものを? 話したことだってないし、私のことを知ってるとも思えない。そのくらい接点がない相手なのに。


と、なると……この席に座る理系の女の子に宛てたラブレターとか? うん、そのほうが納得できる。

ただ……この落書きだらけの汚い机の持ち主が女の子? あまりの汚さにどんな男の子なんだろうと、友達と笑ったことだってある。


そして……いつもはぎゅうぎゅうに詰められている机の中が今日はスッカラカン。

代わりにマスキングテープで分かりやすく止められた、このしわくちゃのノートの切れ端があっただけ。


まるで、ここに座る予定の私に“気づけ”とでも言わんばかりに。


意味が分からない。全然理解できない。
もしかして罰ゲームとかじゃない?
いや、そもそも私宛であっているの?

告白なら宛名くらい書いてよバカ! 瀬戸山のアホ!


「お団子頭の黒田ぁー、話聞いてるか?」

「え? あ、いいえ! あ、いや、はい!」


パニックのまま返事をすると、「聞いてなかったみたいだからもう1回説明するぞ」と呆れ気味に言われて、みんなにクスクスと笑われた。



「さっきどうしたの、希美」


授業が終わるとショートボブの髪の毛を軽く揺らしながら江里乃が近づいてきた。

「ちょっとね……」と曖昧な笑みを見せながらこっそりとため息をこぼす。ラブレターもらって焦ってました、とは言えない。

本当に私がもらったのかもわからないし、冷やかされるのも困る。相手が瀬戸山だとわかれば騒がれるのは確実だ。


「なにがあったかわかんないけど、元気出して」

「ありがと。あ、んじゃ放送室行ってくるね」


時計を見ると、授業が終わってもうすぐ5分経ってしまう。お昼の放送時間までちょっとしかない。

急がなくちゃ。

持って来た教科書やノート、筆記用具を机の上にひとつにまとめる。

教室に帰れない私の荷物は、いつも江里乃が持ち帰ってくれていた。


「あ、ちょっと待って!」


踵を返したところで、ハッとして、ノートからしわくちゃになった手紙、いや、ラブレターをこっそりと抜き取ってポケットの中に突っ込む。

これがもしもイタズラであったとしても、瀬戸山の名前が入っているから、人目につかないほうがいい。


「じゃ、お昼の放送頑張って」

「ありがと」


私を送り出す江里乃に手を振ってから、お弁当の入った巾着だけを手にして駆け足で放送室に向かった。

職員室で放送室の鍵を受け取って隣の小さな部屋に入る。


2年になって、放送委員になった。
それから、こうして、私の毎週木曜日、ここでひとりお昼の放送を流す。それが私の日課。


『こんにちは。お昼の放送の時間です。今日の担当は黒田です。よろしくお願いします』


毎回決まったこのセリフから始まり、あとは適当に音楽を流すだけ。たまーに、先生達からのお知らせとか、放送室の前にある“相談ボックス”に入っている手紙を読んだりする。

真面目な相談内容なんて、年に1回あるかないか、だけど。


作業自体は簡単だけれど、ひとりでお昼を食べる羽目になるから、みんなあまりやりたがらない。

クラスの放送委員を決めるときも、お昼の放送担当を話合うときもすんなりとは決まらなかった。


「……でも、楽だよねえ」


正直、私にとってはアタリだったなあ、とひとり、お弁当を口に運びながら呟く。

こうして担当になるまでは私も面倒だなあ、って思っていた。


でも、誰かに気を使うことなく、ひとりでお弁当をつまむのは悪くない。むしろ、この日を楽しみにしている。

バックミュージックは私の好きな洋楽のヘヴィロック。

以前デスメタルをかけたら、先生に怒られた。



4時間目が移動教室でなければもっとよかったんだけど。

——いや、そんなことよりも。


ポケットの中に突っ込んだメモを取り出してもう一度眺める。
『好きだ 瀬戸山』という、短い単語を何度も脳内で繰り返し読んでみた。

透かしてみたり、裏返したり。

そんなことしたってこれ以上の情報はなにも記されていない。


あの瀬戸山が、私を? やっぱり信じられない。

……話したことはないけど、正直苦手だなって思ってる、瀬戸山が?



1年のとき、クラスの女の子が『理系にかっこいい人がいる!』ってはしゃいでいた。

それが、瀬戸山 潤。
確かに目立つ容姿をしていたから一度見ただけで覚えてしまった。


そこそこ高い身長に、真っ黒でサラサラの髪の毛。以前は短髪だったけれど今は肩まで伸びていてときどき後ろで一つに括っている。

切れ長の瞳に、黒縁眼鏡。

確か帰宅部。
そして、確か、彼女はいない。

けれど、定期的に告白されたとか、また振ったとか、そんな噂を聞く。
高校に入ってから彼女が出来たなんて噂は聞いたことがないから、誰とも付き合ってないのだろう。

いつ見ても、友達に囲まれている。男女問わずに、周りにはいつも人がいる。


……なんで、そんな人が……私にこんなものを?