スッと吸い込まれるように、彼女の柔らかい、滑らかな肌は赤い線を吐き出した。

先ほどまで見ていた映画のワンシーンのようなドラマティックな動きで、彼女の腕は僕に迫る。


何か叫ぶように彼女の口が動くのは見て取れたが、僕にとってそれは何の意味もなさなかった。

彼女が僕の手で、何か言葉を発せずにはいられなくなっている。

その、自分が他人に影響を与えた、という事実だけが、たまらなく心地良かった。



一度頬は切ってしまったし、次は何処にしようか、とものすごい早さで回転している自分の頭へ問いかけてみる。

これまでにないくらい自分が昂ぶっていることに気付くまで、かなり時間がかかったように思った。



久々にお互いの休みが合ったから映画を見にきて、これから食事に行くはずだったのに。

気付けば映画館の脇の路地へ連れ込んで、服を廃材の様な壁にナイフで縫い付けて。
首に片手を添えて。
もう片手には鞄から取り出したナイフを持って。



弄んでいたナイフを握り直すと、彼女の顔にはさぁっと恐怖の色が上ってきた。

血の気が引いた、という状態はこんな感じのことを指すのだろうか。

くだらない問いかけだけが頭の中の往来を走り抜けていく。
沸騰した脳みその中でも、一応は冷静な部分があるんだな、と更に冷静な部分が答えた。


また何かを叫ぼうとした彼女の口に、銀の塊を突き立てる。

悲鳴のような、声でないような、息とも音ともつかないものが、彼女から放たれた。
赤い赤いそれを右手で受けて、それでも勢いの収まらなかったものは顔へと飛んでくる。


ナイフの片方の、刃の方が、彼女の唇の端を切り込んで、真っ赤に塗られた口紅を更に濃く上書きする。

多少くすんだこの色のほうが、色白の今の彼女には似合っている気がした。