高瀬の視線の先、美波の隣にぴったりと濃灰色の大型犬がくっついている。
呆れたようにその犬を見ると、大きな三角形の耳をパタパタと動かす。
その大きな犬は足音も立てずにベッドに近寄ると、シーツの上に前足を乗せて横になっている綾の顔を覗き込んだ。

「わふっ」

「わっ?い、犬…?」

「…犬、って言うか…」

高瀬は、綾の顔を舐めようとする犬の首根っこを掴んでベッドから引き剥がす。
不満げに唸った犬を無視して、高瀬は犬を追い払った。

「僕、犬じゃなーい」

「…え?」

美波の声でも高瀬の声でもない、若い男の声に綾は首を傾げる。

「…おい」

「いいじゃん、あんたのこともバレてるんだし」

「そういう意味じゃなくて…」

どうやら犬ではないらしい犬に似たそれと、会話をしている高瀬を交互に見ると、綾は頭を抱えてしまう。

「…頭、痛い…」

「あららー、大丈夫?綾ちゃん」

「やっぱり犬が喋った…っ」

「だから犬じゃないってばー」

うぅ…と唸って、隣にいる高瀬の服に縋る。

「高瀬さん…私、変…犬が喋ってるように聞こえる…」

「…大丈夫、悪い夢だよ」

「いやいや、現実だけど」

「ほらぁ…!」

混乱し過ぎて半泣きになっている綾は、またベッドに近寄ってきた犬に似た生き物を指差す。

「あはは、いい反応だなぁ」

「…お前は少し黙ってろ」

「まぁまぁ、そろそろネタばらししてあげないと可哀想だし?」

高瀬の制止も無視して、軽々とベッドの上に上がったその動物は、綾の鼻にくっつきそうなほど顔を近づけると、器用に笑った。

「犬じゃなくて…人狼って知ってる?」

目の前にあった獣の顔が、一瞬にしてニヤリと意地悪く笑う鈴木の顔に変わる。

「君があんまり必死に逃げるからついつい追いかけちゃった」

「え、えぇっ!?」

「…顔が近い」

「ぎゃぁっ」

驚く綾に満足そうに笑った鈴木は、不機嫌な高瀬に押されてベッドから落ちると間抜けな声を上げた。

「痛ったぁー!なにも落とすことないじゃんっ!」

「鈴木…尻尾、出てるぞ」

ぎゃんぎゃんと喚き始めた鈴木を高瀬は面倒そうに追い払う。
我関せずとカルテを開いていた美波は大きくため息をつくと、コンビニの袋からプリンを取り出して食べ始める。

「…騒がしいわ」

「あ、プリン!僕も食べる!」

「…これ、あげるから帰ってくれない?」