着替えを終えて、部室を出ると
制服姿の鈴木空が待っていてくれた。
「あ、ごめん」
「なんで女ってそんなに着替え時間かかんの?」
いや、なんか意識しちゃっていつもより
時間かかった、なんて言えない。
「ま、いーや。家どっち?」
「え、南地区だけど」
「鈴木くんの地区とは反対方向だよ」
「ん、余裕。ほら行くぞ」
送ってくれるんだ…。
「あ、ここだから。ありがと」
私の家に着いた。
「よし、目の腫れひいたな」
子どもをあやすように頭にポンポンと手が乗った。
「私、子どもじゃない!」
何かおもしろくなって素直に笑えていた。
「泣いてるより笑ってた方が楽しいだろ?」
「じゃ、また明日」
そう言って背を向けた。
あ、ちゃんと言わないと。
「鈴木くん!ありがとう」
私の言葉に鈴木空の体がこっちを向いた。
「空」
え?
「鈴木くんじゃなくて、空」
空。私なんかが呼んでもいいのかな。
「そ、空。ありがとう!」
ありがとうを言うだけなのに緊張した。
「じゃーな、紗希」
あの嘘のない無邪気な笑顔で空は帰って行った。
さ、紗希って言った!
初めて自分の名前が特別に聞こえた。
まだ少し肌寒い夏の始まりの夜。
空と私の出会い。
胸の止まらない鼓動だけが響いていた。