腹の底がたぎった。
それなのに、何も言い返すことができない。
15の俺に、大人の言葉は容赦がなかった。
俺の中で、エリカは尊敬に値する女じゃない。
そんなエリカに、俺は何もかもが劣ってる。
腹の奥で沸いた蒸気が、逃げ場を見つけられず、俺をさいなむ。
まだ何もできないガキなのだと、
身体の内側から、何度も何度も、鋭く切り付けられる――
2人の間には何の問題もないのに、
大人じゃないから、あきらめろっていうのか――
納得はいかないのに反論する術はなく、俺はただ一歌を睨みつけた。
「一歌は……いいのかよ」
子供のように――
「俺が、他の女と付き合ってもいいのかよ!」
行き場のない憤りを、一歌に向けて投げつけた。
一歌が望むのなら、俺はすべてを捨てても構わなかった。
一歌さえいてくれれば、他に何もいらなかった。
それなのに、一歌が俺を拒むのか。
世間を敵に回しても、父親を切り離しても、
それでも一歌がいてくれるなら、
俺は、それだけで良かったのに――
「沢井」
塾の階段を上って教室に入ろうとしたときだった。
声をかけてきた白衣の男は、数学の担当で、学年主任だ。
「お前、顔色悪いぞ」
いかつい顔が目の前に迫って、思わず目を伏せる。
「具合悪いなら、今日は帰れ」
俺を廊下の隅に誘導すると、数学講師は声を落とした。
「お前ここんとこ、成績が下がってるだろ。このあいだの模試の結果も散々だったし。体調が悪いんならちゃんと直しておかないと、後々響いてくるぞ」
別に体調が悪いわけじゃないし、家にいるより塾にいた方が気が楽だ。
そんなことは言えず、追われるようにして塾を出た。
人が行き交う駅前通りをあてもなく歩く。
いつもなら無視する車通りが少ない信号も、いちいち赤で足を止めた。
帰りたくない。
家に帰れば一歌がいる。
触れるなと遮っておいて、残酷なくらい近くで彼女は息をして、
呼吸が触れる距離ですれ違う。
何の苦行だよ。
大事な物を取り上げておいて、見える場所に置いての『おあずけ』状態。
俺のところに戻るつもりもないくせに、嫌がらせとしか思えない。
足を運んだ裏通りの公園は薄暗く、人影がなかった。
さびれたブランコとくたびれた時計台が、窮屈そうに身を寄せ合っている。
ビルに挟まれて陽があたらず、子供にも避けられていそうな公園。
憐れだ。
行き場所がなくて、こんなところにしか居られない遊具たち。
やがて忘れられていく存在。
俺と同じ、だ。
拗ねた考えは頭の中でぐるぐる回り、気持ちを蝕んでいく。
ビルの隙間から覗いた空は灰色で、太陽の姿が見えなかった。
* * *
そっと玄関を開けると、土間にかかとの高い靴があった。
見慣れない、女物の靴。
音を立てないようにスニーカーを脱ぎ廊下を抜ける。
と、リビングの話し声がドア越しに漏れてきた。
「こんなに、誰かを好きになることなんて……きっと、ない……」
それは俺の心を揺さぶる音。
「強いところも、弱いところも、全部……」
一歌の震え声に、心臓が軋む。
なに?
なんだよ。
誰の話をしてんだよ。
ドアを開けて問い詰めてやろうかと思った。
その瞬間、
「一歌……大丈夫よ」
忌々しいエリカの高い声が聞こえる。
「本当に運命なら、運命の方から追いかけてくるから――」
静まり返った廊下の片隅に、2人の会話だけが響いていた。
「運命の、方から……?」
一歌の声と、
「そうだよ。だから、頑張って自分の人生を生きてなきゃダメ」
偉そうな口ぶりのエリカ。
「……私も、エリカちゃんみたいに、いい恋愛がしたかったな……」
「してんじゃない」
「え……?」
「瑞貴と。恋愛の楽しさもツラさも、痛いくらい学んでるでしょ?」
女たちの声が、俺の感情を波立たせていく。