…そうか、今まで彼は女子からは何言ってもキャーキャー言われ、お誘いなんて断られたこともないし、ましてや拒否なんてされたこともないんだ。
男子にも冗談でしかのけ者にされたことがないから、私のこの態度が珍しいんだ…。辻谷那央って──
「…ドエム?」
そう考えた結果、私の中の彼がそういう答えになり、口に出てしまった。
声は小さかったが、その声は彼に聞こえてたらしく、爆笑をやめて私を睨みつけてきた。
その表情は朝見た彼のように怖く、私はビクッとしてしまう。
「…な〜んてな!ドエムじゃねぇよ。
ただ、雪斗と同じように俺に差別しないで接してくるお前が気に入っただけ」
仮面笑顔じゃない意地悪そうな笑顔で私にそういう彼。
また不覚にもドキッとしてしまい、顔が赤くなってしまう。
彼の“本物”の笑顔にどうやら私は弱いらしい。
こんなの本物のファン達が見たら胸キュンでショック死するじゃないかな…。なんて。
「だからとりあえず成仏するまで宜しく」
「…え?…はぁ?!」
彼は楽しそうにそう言い放ちベットにゴロンと寝っころがった。
なんだか綺麗に彼に丸め込まれた気がして、もうこれ以上何か言っても勝てる気がしなく、私はしぶしぶ承知することにした。
なんか凄い成り行きで、学校一のモテ男(幽霊)と、彼が成仏するまで同居することになりそうです……。
「あ、安心して」
「安心?」
「お前の身体、さっき見たけど、好みじゃないから襲うことないから、安心して」
…。
さっきって…、制服から私服に着替える時…?
それをまさか見られていたなんて知らなかった私の顔は、トマトのように真っ赤になり、恥ずかしさと怒りで頭がパンクしそうだった。
普段、爽やかで、そんなこと一欠片も思っていなさそうだった彼に平然と下ネタを言われるなんて。
「早く成仏して!!!」
これが今の私の本音です。
【彼との同居生活。】
次の日の土曜日。
夕方六時過ぎから始まる辻谷那央のお通夜。
天候にも恵まれ、夜空には満天の星空が散りばめられていた。
クラスの誰かが、那央が私達のために沢山の星を持ってきてくれたのかな、って涙ぐみながら言っていた。
二日前の私なら、一ミリくらいならそうかもね、と思ったかもしれないが、今はそれを聞いて心の中で「それはない」と即答してしまった。
そんなことを言える理由は、
その辻谷那央と昨日、幽霊として出会ってしまったこと、彼の本性を知ってしまったこと、そして何故か謎の同居を始めてしまったこと。
彼に丸め込まれ、初めて彼と一夜を過ごしたが、何事もなく。寧ろ、朝起きたら彼の姿はなく、それから今日一日姿を一度も見ていない。
同居を始める時に言われたあの言葉。
『お前の身体、さっき見たけど好みじゃないから襲わないから安心して』
的なこと言われたけど…、
今思い出してもはらわた煮え繰り返る程の怒りを覚える。
こっちだっていくらイケメンでも幽霊に襲われたって嬉しくないわい!!寧ろ襲われたら恐怖体験だわ!!
お寺の入り口のクラスで集まっている場から少し離れて地面を三回ほど足で踏みつけて怒りを収める。
「春乃ー、入るよ」
のあがクラスの輪の中から私を呼んだ。
慌てて輪の中へ戻り、寺の中へと入ると大きな斎場があった。
少し奥には豪華な花達に囲まれ、満面の笑みをしている辻谷那央の遺影が真ん中に置かれていた。
斎場へ入ると沢山のすすり泣く声が聞こえ、棺桶の周りにはいろんな人が集まって彼のために涙を流している。
周りを見渡していると、広い斎場の隅で宙に胡座をかいて辺りを見渡している辻谷那央の姿があった。
本日初めて彼の顔を見た私。
彼の表情はピクリとも眉を動かさず、真顔で来ている人達を見つめている。
そんな彼から目を離せずにいると、辻谷那央は私に気付き宙に浮きながら歩み寄ってきた。
「よっ」
右手を挙げて真顔でそう私に呟く彼。
もちろん私は周りに人がいるので見てはいるものの返事をせず。
彼もそれは承知しているのですぐに手を下ろし、祭壇の方へと飛んで行く。
それを目で追っていると、ある夫婦が目についた。
女の人はすごく綺麗でまるでモデルのような人。
男の人は背も高く、歳のわりには凄くイケメンな人。
一目でわかった。この人達が辻谷那央の両親だと。
母親らしき人は目を真っ赤にして、顔は涙でボロボロで今にも倒れそうな勢いで、それを旦那さんが支えているって感じ。
「クラスの皆さんも那央の顔を見てあけでください…」
妻を支えながら、辻谷那央の父親は私達、クラスメイトにそう呟いた。
そう言われた瞬間、周りのみんなは一斉に辻谷那央の棺桶に群がる。
その場に残されたのは私とのあと田邊くんだけ。
「那央ぉ…っ!やだよぉ!」
倉野亜里沙は大声を上げ、棺桶に抱きつくように泣き叫んでいる。
久留沢敦子もそれに負けずとすがりつくように泣いていた。
それを上から見下ろして真顔で見つめている辻谷那央本人。
彼を見えている私から見て、なんとも不思議な光景。
「田邊は行かなくていいの?」
のあが田邊くんに問う。
「まぁ、那央の顔見たいけど、あいつそういうのあんまり好きじゃないから最後に見るくらいでいいかな」
空笑いでそう言う田邊くんを見て、私はそれで涙ぐんでしまった。