私の隣の幽霊くん。



「昨晩…、辻谷 那央君が… 飲酒運転の車に轢かれ…亡くなりました…」


朝、教室にいつもより五分も早くやって来た担任が教卓の前に立ち、涙をボロボロ流しながら静かにそう私たちに言い放った。


それを聞いたクラスの皆は、一瞬、先生が何を言っているのか理解していなかったが、徐々に状況が理解出来、声を上げて泣く人が出始めた。


本当にクラスの全員が泣いている中、唯一私一人だけが涙を流していなかった。


…涙を流している余裕なんて私にはなかった。


だって──…


その昨晩亡くなったと言う彼が──


私の隣で浮いているんだから──。


    


    私の隣の幽霊くん。


    


 【初めて幽霊を見た日。】



“辻谷 那央 (ツジタニナオ)”


桜峰高校二年C組19番、陸上部。


背は高く、顔も他の人より整っていて、性格も優しくて明るく、男女問わず好かれるクラスの人気者だった人。


男子からは一目置かれ、女子からは彼に恋愛感情を持つ人が殆どだったと聞く。


そんな彼がある日突然亡くなった。


悲しまない人などどこにいるのだろうか。


クラスの女子は殆どが彼に想いを寄せていたので、泣いて過呼吸まで起こして保健室に運ばれた者までいる。


男子たちは信じられないと言っているような顔をしながら涙を流している者や、彼の席を呆然と見つめてる者もいた。


    


「…通夜は明日の夜に行われる。全員参加だが用事あるひとは居るか…?」


先生は涙を拭いながら、鼻声で静かに皆へ呟く。


彼は先生達からの信頼も厚かった。頭も良く、雑用やクラスのまとめる係りなど嫌な顔一つせず引き受けていたからだ。


「行かないわけないじゃないですか!みんな行くに決まってる…っ」


先生の問いに、席を荒々しく立ち、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んだのは、彼と一緒に学級委員長をやっていた久留沢 敦子(クルサワアツコ)だった。


久留沢敦子は分厚い眼鏡をかけ、いつも勉強しかしていない真面目な女子だったが、彼に想いを寄せていたらしく、最初に彼が学級委員長に決まった時、空いていた学級委員長の女子枠にすぐさま立候補していた。


それを見たクラスの中心になったいる女子達はブーイングしていたが、結局立候補を下りることはなかった。


それほど彼のことを想っていたということ。


    


そんな彼女の言葉に反対する人はいなく、いつも彼女の悪口を言っていたクラスの中心の女子達も涙を流しながら頷いていた。


「…那央の好きだったものたくさん持って行こうぜ…」


そう静かに呟いたのは、チャラ男で有名な戸川 隼人(トガワハヤト)。


彼とは結構絡んでいたのを見た事がある。でも私は勝手に戸川隼人が彼を妬んでいるとばかり思ってた。


そう思ってた理由は、絡みながらも彼に対してトゲのある言い方をちょくちょくしていたから。


でも、皆の前でそう言う事を発言するって事は、私の思い違いだったのかも。


    


「…そうだな。…よし!皆、泣き止むんだ!きっと皆が泣いていると辻谷も悲しむ!明日は笑顔で辻谷と会おうじゃないか!」


さっきまでボロボロ流していた涙を服の裾で雑に拭い、先生はいつも見せる笑顔でそう叫んだ。


それに皆はコクコクと頷き、涙を拭っている。


…皆、本当に彼の事が好きだったんだなぁ。


涙を一滴も流していない私は、こうやって周りの状況を頭の中で実況している。


周りから見たら私は冷酷で最低な奴なのかもしれないけど、今の私には涙を流している余裕なんてない。


寧ろこうやって周りを実況していないと、頭の中がパンクして、発狂してしまいそうだ。


それは──…、隣で“浮いている”彼のせい…。


    


「皆、自分がいい人になろうと必死だなぁ」


いつも教室で聞いてる声とは違う、ワントーン低い声で宙に胡座をかきながら溜息交じりに言い放つ彼。


それは紛れもなく、今、教室で話題になっている辻谷那央本人だった──。


いや、本人と言うのは少しおかしいだろうか…。まぁ、宙に浮いてるとはいえ、本人は本人だが…。


私が彼の存在に気づいたのは朝、教室に入ってから。


ドアを開けて教室へ入るといつものように自分の席へ座ってる彼。


その時は何にも気にせず、いつも通りの毎日の景色だったが、先生が教室に入ってきた瞬間からその景色がガラリと変わった。


    










私の右隣の席の彼が、急にふわりと宙に浮いたのだ。


その時私は、着ていたカーディガンを脱いで、椅子にかけようと横を向いた瞬間で、本当に何が起きたのかわからず、目が点になりながらゆっくり前に目線を戻した。


先生が彼の話題を低いトーンで話始める中、彼は私の頭上でいきなりケラケラと笑い出した。


その声は教室には不釣り合い過ぎて、私はすかさず左隣の席の人を見たがなんの変化もないのを見て、彼の声は私にしか聞こえていないのだとすぐに理解した。


そして、私が今まで見てきた彼の姿とは想像できない発言を彼は呟いた。


「ハァ。こいつ俺を使い勝手がいい生徒としてしか見ていなかったからなぁ。一回ブン殴っとけば良かった」


「…っ」


それを聞いた瞬間、涙ではなく、冷や汗が身体全体からブワッと湧き出た感覚に襲われた。