疲れ果てて帰投した3人を、厄介者の第一チームリーダー、グレン・オースチンが待ち伏せて、罵った。
「不法侵入者をロストしたんだって。 さすが第四チーム。
イエローは俺たちが捕まえてやる。 マリア、イエローなんかと
組むのはやめて、俺たちのチームに入れよ。 同じアメリカ人同士、仲良くやろうぜ」
 「まだそんな事言っているの。 今の地球上にアメリカも日本も無いのよ。 そんなくだらない人種差別する人とは組めないわ」
 「そんなにイエローが好きなのか、アメリカ人の犬が! 3Pでもして、楽しくやれ、裏切り者」
グレンは、マリアの日本人に対する態度に嫉妬していた。
 「グレン。 てめー、マリアに何て事を。 ぶっ殺してやる。 日本人をなめやがって、広島の仇をとってやる」
隆一は、過去の歴史とはいえ、グレンの嫉妬が引き金になり、原爆を落としたアメリカ人に怒りが収まらなかった。 守と隆一は、グレンと警察学校時代から犬猿の仲であつた。
二人の争いを、静観していたマリアが叫んだ。
「やめて隆一。 お願い。 守も止めて、守……?」
 
 「女の子が、俺の腕の中で、消えていった……助けられなかった」
  「守……」
上の空の守は、原爆の衝撃により、過去と現実との境に整理をつけられずにいた。

タイムトラベルの歴史は浅く、時空ダイバーの精神状態のケアは、簡単なカウンセリングですまされ、構築されずにいた。
統一国家テラは様々な多民族国家であり、時空警察はおろか、
政治、社会、民族で、人種差別問題を抱えていた。
無言のまま帰ろうとする守を、心配したマリアが引き止める。
「大丈夫……? 一人で帰れる? 一緒に帰る?」
 「だめだ。 規則で決まっているように、時空警察の隊員は、一歩建物の外へ出たら赤の他人だ。 いくら清掃局に偽装していてもも、万が一の事が有るかも知れない。 俺は大丈夫だ。 何でもない。
一人で帰れる……」
守はコートの襟を立て、帽子を深くかぶり、雑踏の中に消えて行った。
 その姿を見送るマリアは、守の運命を考えると複雑な気持ちであった。

無意識の内に、家とは反対方向へ歩いている。 薄暗い階段を、沈んだ顔をして降りて行く。 気持ちの整理がつかず、原爆の衝撃を引きずりながら、行きつけのバーに立ち寄った。 ここは守の心の拠り所であった。 店に入ると、誰もいないカウンターの隅に腰を下ろし、いつもの様にバーボンをロックで注文する。 二杯三杯と、立て続けに体に流し込む。 いつもよりお酒の量が多い。 そしてペースも早い。 守は、うつむきながら静かにグラスを傾け、目を閉じる……。
 頭の中から、抱えていた少女の事が離れない。 少女の叫び声が聞こえる。 体の焼ける臭いが、自分の体に染み付き放れない。
 今は、お酒の力を借りて忘れる事しか思いつかない。 切り替えができない。  酔いのまわった守は、思わず押さえられない気持ちを、気の合うマスターにぶちまけた。
「なぜ人間は、核戦争を起こしてしまったんだ?
なぜアメリカは、あんな悲惨な悪魔の兵器、原爆を広島に落としてしまったんだ?」
いつもと違う守の姿に、気にかけていたマスターはマドラーをゆっくりと止め、眉間にしわを寄せながら、おもむろに口を開いた。
「人間は、手に入れた力を使いたくなるもの……!
残念なのは、日本に二度も原爆が落ちた事。 そして、日本にしか原爆を落とさなかった事実……。
もし、同盟国のドイツに原爆が落ちていたら、世界の流れが変わっていたかもしれない……。
日本人がもっと世界に訴えれば、こんな世界にはならなかったかもしれない。 残念だ。 世界で唯一、人類の十字架に選ばれし、尊き民族なのに、声を上げる事が出来ず、悲しい歴史の体験を生かす事ができなかった。 本当に残念だ……」
「そのとうりだ。 しかし悪いのは、戦後のうのうと生きた人間だ。 戦争を知らない日本人だ。 ならマスター ……。 日本人の俺は、今何ができる。 何をすればいい。 何をしなければならない。 教えてくれ……」
 「今、何をするのかは、日本人ではなく……。 地球人としてではないだろうか……」
守はマスターの言葉が心に響き、一瞬目を見開いた。 そして吹っ切れたように納得する。
「地球人。 そうか俺は、地球人だ……」
守の心の中で、何かが弾けた。
毎日肩肘を張り、プライドを持ち、日本人としての生き方にこだわっていた自分が、もう一つ別の歩き方が出来ると悟った瞬間であった。
マスターは守の表情を見守りながら、かつての自分と重ね合わせていた。 日本人の血にこだわり、肩で風を切って歩んだ事を。
そして守の気持ちを誘導する事に、少しの罪悪感を覚え、遠くの方まで歩く守の姿を見送った。
険しい表情の後、深くため息をつき腰をおろす。
年代物のウイスキーを傾け、お気に入りの葉巻に火をつける。
深く葉巻をふかしテーブルに置くと、ゆっくりと首筋に手を伸ばした。
すると、グラスの中のウイスキーに、苦悩するマスターの素顔が映っていた。