子供たちのヒーローである青年が、今日の獲物を物色している。 まだ若いが、盗みにおいての研ぎ澄まされた感覚や、読みは抜群であった。 その眼差しは、まるで獲物に食らいつくハイエナのようだった。 青年は感じ取った。 今日は、あの店から食料を調達しよう。 人混みの中を気配を消して走り出す。
その瞬間。 真っ暗になった! 目の前の風景が目まいがしたように、断片的にちらつきながら映る。 動揺するが少しずつ認識していく。 よく知る公園にいる。 周りには、孤児である守るべき子供たちがいる! その中には愛する妹の姿も見える。
 けたたましく空襲警報が鳴り響く! 地面が音を立てて揺れる。 
子供たちと手をつなぎ、身を低くする。 胸騒ぎがする。 
今までの空襲とは、何かが違う。 地震か? いや違う。 
辺りは既に、炎の嵐に包まれていた! 熱い、体が焼ける。
つないだ手の感覚が無い。 妹の姿を探すも、目が見えない。 
「幸子……」 最後の力を振り絞り、妹の名前を叫んだ。
 すると何故か、さっきまで痛くて見えないでいた風景が見える?
まるで悪夢の中にいるような世界。 時間が止まっているように感じる? 炎の流れや熱風も止み、逃げまどう子供たちも静止している?
 視線の先に、前に出会った謎の男がゆっくりと近づいて来る。
その男だけ、ただ一人だけが、静止した時の中を歩いている。
 「優一君。 この世界が分かるかい? 目の前に見える光景は、人生最後の光景だ。 全ての物が、君の愛する全てが灰になる。 信じられるかい? 当然、妹も死ぬ。 これは日本を地獄に落とす、二度目の原子爆弾だ。 この爆弾で、日本は敗北する!」
 驚きの光景に驚愕するも、広島の原爆投下を知る青年は、胸が締め付けられる。
妹を助けたい。 生きたい。 その思いが、体の奥から込み上げてくる。
 謎の男は青年を仮想空間に拉致し、長崎の原爆を現実体験させ、洗脳術に利用したのであった。
「この原爆を阻止して、妹を助けたいなら、私を思い出せ。 君が思えば、私が未来の扉を用意しょう。 扉を開けるのは君だ……」
 頭が割れるように痛い! 「うわぁー……」
青年は大声を出して、正気に戻った。 今のは夢か? 何だったんだ? あまりにもリアルな光景に、訳が分からなかった。
我に返った青年は、盗もうとしていたお店の前に立ちつくしていた。 ふと、妹の顔が浮かぶ。 愛する妹の元へ、走らずにはいられなかった。 心臓の鼓動が異常に早い。 それは懸命に走っているためでもなく、原爆体験の夢を見たためでもなかった。 愛する妹に早く逢いたい。
 毎日通る道なのに、こんなにも遠かっただろうか?
足が重い。 前に進まない。 ただただ逢いたい思いが、青年の心を締め付けていた。 ようやくバラック小屋が見えて来た。
視線の向こうに遊んでいる子供たちが見える。
その輪の中に、楽しそうに笑いながら縄跳びをする妹がいた。
 「あー……。 良かった……」 足を止め、ため息をついた。
妙な胸騒ぎは気のせいだったと胸をなでおろし、再び妹の所へ駆け寄り抱きついた。
「お兄ちゃん。 どうしたの? 汗、びっしょり……! 何かあったの?」
「何でもない。 幸子に会えれば、お兄ちゃんは幸せだ」
妹は照れるのを隠しながら、優しく微笑んだ。
「お兄ちゃんは必ず、みんなの為に帰ってきてくれる。 信じてる」
 青年は実感した。 妹の幸せは自分の幸せだと。
しかし謎の男の存在と、現実のような夢の体験を思うと、心配で仕方なかった。